今回は、『談志の落語』の3巻を参考に、『芝浜』というネタのあらすじを紹介します。
それでは、さっそく一緒に見ていきましょう。
あらすじ
酒飲みの魚屋
この落語の主人公は、魚屋の魚勝。
魚屋としての腕はピカイチなのですが、お酒が好きすぎるのが玉に瑕な男です。
ここのところは、毎日のようにお酒を飲み、あまり仕事をしていません。
昨夜も浴びるように飲んでいて、奥さんに止められた魚勝は、もう少しだけ飲む代わりに、明日はちゃんと仕事に行くことを約束させられてしまいました。
そうして迎えた、次の日の朝のこと。
「お前さん、起きてくれよ!」
奥さんに、体を強く揺さぶられて起こされた魚勝。
「今日から、ちゃんと仕事に行くって約束しただろ?」
「……そうだったな。でも、仕事道具はあるのか?」
「全部揃えて、出しておきました」
用意周到な奥さん。
ここまでしてもらったら、仕事に行くしかありません。
「わかったよ!行けばいいんだろ、行けば」
魚勝は渋々、道具を持って家を出ます。
彼がこれから向かうのは、東京は芝の浜。
当時はそこに魚市場があり、魚勝のような魚屋はここで魚を仕入れ、町で売って歩いていました。
やがて魚勝は市場に到着しましたが、店が一軒も開いていません。
「おかしいな?」と思っていた、ちょうどそのとき、近くの寺から、時を告げる鐘の音が聞こえてきました。
「あいつ、起こす時間を間違えやがったな」
なんと、奥さんは、間違って2時間も早く魚勝を起こしていたのです。
「どおりで辺りが暗いと思ったよ。仕方ない、海でも見ながらタバコを吹かして、のんびり市場が開くのを待つか」
そうして、浜辺までやってきた魚勝は、白々と夜が明けていくなか、海を眺めながら、タバコを吸い始めました。
すると、波に揺れる長い紐が彼の目に入ります。
「なんだ、あれは?」
近づいて、その紐を引っ張ってみると、海の中から革の財布が現れます。
「やけに重たいな。きっと中に砂が入っちゃったんだろう」
そう思って、何気なく財布の中を覗いた魚勝は、途端に顔色を変え、急いで家に帰っていきました。
財布の中身
「おい、早く開けてくれ!」
狼狽した様子で、家の戸を叩く魚勝。
奥さんに開けてもらうと、慌てて中へ飛び込みました。
「どうしたんだい?そんなに血相を変えて」
「この財布の中を見てくれ!」
魚勝は震える手で、先ほど拾った財布を奥さんに渡します。
「なんだい、これは。ものすごい大金じゃないか」
「お前、いくらあるか数えてみてくれ!」
そう言われた奥さんは、お金を数え始めますが、気が動転して、上手く数えられません。
「何やってんだ。ちょっと貸してみろ!」
魚勝が金を数えると、なんと総額、四十二両。
「これだけあったら、もう仕事なんかする必要ないじゃないか!よーし、祝い酒だ!」
そう言って、昨日の残りの酒を飲み始めた魚勝。
今日は早起きしたこともあって、すぐに酔いが回り、やがてグウグウ寝入ってしまいました。
魚勝の夢
「お前さん、起きてくれよ」
奥さんに、体を揺さぶられて起こされた魚勝。
「今日から、仕事に行くって約束しただろ?」
「なに、仕事?そんなの、昨日の四十二両があるんだから、行く必要ないじゃないか」
「……四十二両?何のことを言ってるんだい?」
奥さんのその言葉に、困惑し始める魚勝。
「いや、昨日、俺が芝の浜で拾ってきた……」
「何を夢みたいなこと言ってるんだよ。昨日の朝は、私が起こしても、お前さんは起きやしなかったじゃないか」
「わかった。そんな夢を見たから、昨日はあんなに騒いでたんだね」
奥さんの話によれば、昨日は昼過ぎに起きて、銭湯に行ったと思ったら、大勢の友達を連れて帰ってきた魚勝。
そして、「めでたい、めでたい」と言いながら、お酒に鰻に天ぷらに、飲んで食べてのどんちゃん騒ぎ。
奥さんは、何がめでたいのか知らないが、友達の前で主人に恥をかかせては悪いと、近所に借金までして、お酒と食べ物を用意したとのことでした。
「じゃあ、金を拾ったのは夢だったのか……」
あまりの自分の不甲斐なさに、肩を落とす魚勝。
「情けないやつだ、俺は。金が欲しい、金が欲しいとばかり思ってるから、そんな夢を見るんだ」
「……こんな俺に生きてく価値なんかないや」
「そんなことないよ。お前さん、働こう。働けば、きっとどうにかなるよ」
「……本当か?よし、わかった。俺、これからは一生懸命働くよ。酒も今日から、すっぱりやめてやる」
大晦日
心を入れ替え、仕事に精を出し始めた魚勝。
もともと魚屋としての腕はピカイチでしたから、きちんと働いていれば結果も出ます。
3年も経った頃には、いっぱしの店を構える、立派な魚屋の主人となりました。
そして迎えた、大晦日。
「今、帰ったよ」
穏やかな顔で、銭湯から帰ってきた魚勝。
彼が帰ってきた部屋の中は、畳が新しくなっていて、い草の良い匂いがしています。
「おい、火鉢の火を強くしておきなさいよ。外は寒いから、これからツケ払いの取り立てに来る方が、少しでも温まれるようにしといてやろう」
「いや、もう借金はないんだよ。こっちから取り立てないといけないところはあるんだけど……向こうさんにも、事情があるだろうからね。春になってからでも、構わないと思ってるんだけど、いいだろ?」
「ああ、いいさ。こっちだって、待ってもらったことがあるからね」
そう話す夫婦の間には、穏やかな空気が流れています。
外からは、風で門松の笹の葉が触れ合って、サラサラと雪が降るような音が聞こえてきました。
ここで奥さんは、急に思い詰めたような顔になって、口を開きます。
「ちょっと、お前さんに見て欲しいものがあるんだけど……」
そして、奥から何かを取り出してきました。
「このお財布に、見覚えはない?」
「これは……3年ほど前に俺が夢で見た、四十二両入った財布じゃないか!どうしてここに……?」
奥さんは涙を流しながら、ことの顛末を説明し始めます。
「実は、あれは夢じゃなかったんだよ」
「お前さんがこのお金を拾ってきたとき、私はとっても嬉しかった。これで、やっと普通の生活ができる!って」
「でも、少し経ってから、恐ろしくなってきちゃったんだよ。だって、こんな大金を盗んだとなったら、あなたの首が飛んでしまうかもしれないからね」
「だから、お前さんが酔って寝ている間に、大家さんのところに相談に行ったの」
「そしたら大家さんは、財布はきちんと無くし物として届け出て、主人には夢だったことにしてしまえって、言うんだよ」
「私は心苦しかったんだけど、お前さんが捕まるのはもっと嫌だから、『夢だった』って嘘を吐くことにしたんだ」
「本当にごめんなさい……」
妻からの告白に、言葉を失う魚勝。
さらに奥さんの話は続きます。
「この財布はね、本当はずいぶん前に、『落とし主不明』ってことで、私のところに返ってきてたんだよ」
「でも私、お前さんが一生懸命に働いてくれてるのが、嬉しくて……」
「もし、この財布が夢じゃなかったとわかったら、また前の酒飲みに戻ってしまうのが怖くて、言い出せなかったんだ……」
「お前さん、私のことを許せないよね……?堪忍しておくれよ……」
妻の話を黙って最後まで聞いた魚勝は、ここでゆっくりと口を開きます。
「……ありがとう。お前が俺のことを思って、行動してくれたのは、よくわかった。3年間、嘘を守り続けるのも、辛かっただろう?」
夫からの優しい言葉に、涙が止まらない奥さん。
「ねえ、お前さん。お酒、飲まない?」
実は奥さんは、彼へのお詫びの気持ちから、特上のお酒を用意していたのでした。
「飲んでもいいのかい?」
「いいよ。今日は、たくさん飲んじゃいなよ」
「そうかい?それじゃあ、お言葉に甘えて……」
魚勝は奥さんのお酌で、お酒を盃になみなみ注いでもらいました。
「おう、久しぶりだな。元気にしてたか?」
そうお酒に語りかけ、盃を口元まで運びます。
しかし、そのまま飲まずに手を止めて、盃を置いてしまった魚勝。
それから彼は、呟くようにこう言いました。
「よそう。また夢になるといけねえ」
おわりに
今回は、『芝浜』のあらすじを紹介しました。
この動画で興味を持っていただけたなら、ぜひ実際に『芝浜』を聴いてみてください。