今回は、『談志の落語』という本のシリーズの1巻にも収録されている、『やかん』というネタのあらすじを紹介します。
それでは、さっそく一緒に見ていきましょう。
あらすじ
八五郎、登場
「ご隠居、こんにちは!」
「やあ、お上がり」
話は、八五郎という男が、横丁に住むご隠居を訪ねてくるところから始まります。
実はこの八五郎、普段からご隠居の知ったかぶりが鼻についていたので、今日はその化けの皮を剥がしてやろうという魂胆でした。
「ご隠居は、大変物知りだそうですね」
「ああ、そうだ。天地開闢以来、森羅万象、寺社仏閣、東奔西走、蛙化現象……。私に知らないものはない」
粋がるご隠居に、八五郎は質問をし始めます。
「それじゃあ、この世で一番大きな動物を知っていますか?」
「それは象だ」
ここで逆襲を始める八五郎。
「それが違うんですよ、ご隠居。一番大きな動物は鯨です」
しかし、ご隠居はそれを認めません。
「馬鹿を言うんじゃない。鯨は動物じゃなくて、魚じゃないか」
「いや、でも、鯨は哺乳類だから……」
「哺乳類は、牛とか馬とかの仲間だ。海で泳いでる鯨は、そいつらとは明らかに違うじゃないか。そもそも“鯨”という漢字を見てみろ。魚偏だろう?」
やり込められた八五郎は、「ご隠居は、学問があるんですねぇ」と感心してしまいます。
そこで今度は、「ところで、学問とはなんですか?」と質問。
これに対するご隠居の回答は、「貧乏人の暇つぶし」でした。
「それじゃあ、努力は?」
「馬鹿に与えた夢」
「上品な人って?」
「欲望に対する態度がスローな奴のこと」
なかなか、ご隠居の化けの皮は剥がれそうにありません。
地球は丸い?
次に八五郎は、天文学に話題を変えます。
「それはそうと、ご隠居。地球は丸いんですよね?」
「そんなわけあるか。地面は真っ直ぐじゃないか。第一、丸かったら、下のほうにいる奴らは落っこちてしまうだろう?」
ここで八五郎は、ご隠居を責める糸口を見つけました。
「いや、地球には引力があるから、丸くても誰も落っこちないんですよ」
「引力?なんだい、それは?そんなものがあるなら、いますぐ私の目の前に持ってきなさい」
さらにご隠居の講釈は続きます。
「人間が立ってるのは引力のおかげなんかじゃなくて、自分の意思で立っているんだ」
「でも、地球儀は丸いじゃないですか。やっぱり、地球は丸いんですよ」
「まさかお前、文房具屋で売ってるものなんか信用してるんじゃないだろうね?」
これには、八五郎も反論しようがありません。
そこで話題を、太陽の話に切り替えます。
「地球は太陽の周りを回っているんでしょう?」
「いや、逆だ。太陽のほうが地球の周りを回っている。“日が昇る”とか“沈む”とか言うだろう?それが、太陽のほうで動いている証拠だ」
「じゃあ、地球が平らで、太陽が回ってるなら、西に沈んだ太陽は、どこに行っちゃうんですか?」
「海に沈んで、消し炭みたいになってしまう。日の入りどきに海の近くに行って、耳を澄ましていると“ジュッ”て音が聞こえるよ。それで次の日は、また東に新しい太陽が生まれて、昇ってくるんだ」
なんだかだんだん、ご隠居の話が怪しくなってきました。
魚の名前
続いて八五郎は、魚の名前の由来を矢継ぎ早に聞いていきます。
「マグロは、なんでマグロって言うんですか?」
「表面が黒くて、群をなすと海面が真っ黒に見えるから、マグロ」
「ニシンは?」
「西のほうにいるから、ニシン」
「コチって魚は?」
「こっちで泳いでるから、コチ」
「でも、向こうのほうで泳いでる奴もいますよ?」
「向こうのほうにいるのは、考えなくてもいいよ。遠いところのことまで、全部知る必要はない」
「じゃあ、ブリは?」
「ブリブリしてるから、ブリ!」
ここまでくると、八五郎も要領をつかめてきたようです。
「ご隠居。そしたら、鯖はサバサバしてるから、鯖なんですね?」
「お前もわかってきたな。じゃあ、鯛は?」
「隊をなして泳いでるから、鯛だ!」
「そのとおり。先頭で泳いでるのが“鯛”長で、後からついてくるのが兵“鯛”」
「おもしろいですね!じゃあ、秋刀魚は?」
ここで答えに詰まってしまったご隠居。
苦し紛れに「あんなの、誰がどう見たって秋刀魚じゃないか。あれを秋刀魚じゃないと言う奴がいるなら、連れてきてみなさい」と答えます。
続いて「鰻は?」と聞かれたご隠居は、次のように長々と説明をし始めました。
「鰻はもともと、ヌルヌルしているから、ヌルと呼ばれていたんだ」
「鵜という鳥がいるだろう?あるとき、その鵜が鰻を丸呑みしようとした」
「しかし、ご存知のとおり、鰻の体はとても長い」
「鵜はなかなか鰻を飲み込めずに、難儀していた」
「それを傍で見ていた奴がいて、『鵜が難儀しているな』『鵜、難儀』『ウナギ』となったってわけだ」
やかんの由来
そろそろ説明がだいぶ苦しくなってきたご隠居。
最後に八五郎は、やかんの名前の由来を尋ねました。
「やかんはもともと、“水沸かし”と言っていたんだが……。時は遡ること、戦国時代」
なんだか、話が大事になってきます。
「戦に勝った武士たちが、勝利の宴をあげていた」
「しかし、もう寝ようか、という頃合いになって、突然、先ほど打ち負かした相手から、夜討ちの逆襲を仕掛けられる」
「武士たちはみんな狼狽し、近くにある鎧を手繰り寄せ、慌てて身に付けて応戦した」
「そこで、一人の若武者が兜をつけようとすると、置いていた場所に見当たらない。どうやら、ほかの者が間違えて被っていってしまったらしい」
「仕方がないので、近くにあった水沸かしを頭に被り、馬に跨って打って出た」
「その若武者が強いのなんの」
「獅子奮迅の働きで、襲いかかってくる相手をバッタバッタと切り伏せる」
「その姿を見た敵方が、『水沸かしの化け物だ!』と恐れ慄き、遠くから彼を目掛けて矢を放ってきた」
「そうして、若武者の頭を狙って飛んできた矢が、カーン」
おわりに
今回は、立川談志の高座をもとに、『やかん』のあらすじを紹介しました。
『やかん』を得意としていた落語家には、三遊亭金馬という方もいらっしゃいます。
この動画で興味を持っていただけたなら、ぜひCDやDVDなどで、実際に『やかん』を聴いてみてください。