「人生、成り行き。なるようにしかならないんだよ」
「居残り佐平次」のあらすじ

話は、佐平次という男が、4人の友達を連れて、品川の遊郭にやってくるところから始まります。
いらっしゃいませ。
どうぞ、こちらの座敷にお上がりください。
おう。
とりあえず、いい酒と刺身を頼むよ。
かしこまりました。
あと、芸者たちも呼んでくれ。
こうして、ドンチャン騒ぎを始めた佐平次たち。
夜がふけるにつれて、そろそろ個室で花魁とお楽しみ……という頃合いになってきます。
そこで佐平次は、「ちょっと話がある」と、友達を自分の部屋に集めました。

どうしたんだい?
勘定のことなんだがね。
ああ。なかなか豪勢にやってしまったからね。
相当いい金額になってるだろう。
そうだね。
そこで4人には、1人1円ずつ出してもらいたい。
いやいや、さすがに1円ずつじゃあ……。
明治になって、新しい硬貨が導入された当初は、「1円=1両」の価値だった。
つまり、今の金銭感覚で言うと、1円は10万円くらいの価値があった。
いいんだ、いいんだ。
あとは、俺のほうでなんとかしとくから。
いや、でも……。
いいから、いいから。
で、明日の朝なんだがね。
夜が明けるちょっと前に、サッと帰ってくれないか?
まぁ、それはいいけど……本当に大丈夫かい?
大丈夫だって!
さぁ、話は終わりだ。
花魁と楽しんでおいで!
それから友達は、それぞれ個室で花魁と遊び、言われたとおりに夜明け前に帰っていきました。
そうして迎えた、次の日の朝。

おはようございます。
ああ、おはよう。
迎え酒をしたいんだが……持ってきてくれないかい?
かしこまりました。
そうしましたら、一度、昨夜の分のお勘定を……。
おうおうおう。
勘定の話はやめてくれ。
でも……。
今回は、遊べるだけ遊んで、どれほどの勘定になるか見てみたいんだ。
最後には、まとめてドンと払うからよ!
それでいいじゃねえか!
はぁ……。
では、とりあえず、お酒を持ってきます。
こうして、朝から酒を飲んだ佐平次は、そのままゴロンと二度寝を始め、次に起きたのは午後3時ごろ。
お目覚めですか?
ああ、起きたよ。
風呂に入りたいんだが、沸いてるかい?
ええ。準備できてますよ。
ただ、私はここで交代になりまして……。
そうか。ご苦労さん!
なので、ここで一旦、お勘定を……。
おうおうおう。
勘定の話はやめてくれって言っただろ?
でも……。
大丈夫、大丈夫!
じゃあ、ひとっ風呂浴びてくるよ!
佐平次がゆっくり湯に入ると、部屋に戻る頃には、日が暮れ始めていました。

いやー、いい湯だった。
お帰りなさいませ。
お、あんたが新しい担当かい?
はい。
悪いがね、腹が減ったから、酒と飯を頼むよ。
それはいいですけど……お勘定は?
おうおうおう。
その話はダメだって、引き継がなかったのかい?
聞きましたよ。
でも、先ほど裏で話し合って、一旦ここでお勘定をいただくことにしたんです。
……そうかい。
俺を邪魔者扱いして、ここから追い出そうってか?
いや、そういうわけじゃ……。
わかったよ!
払えばいいんだろ?払えば。
ええ。お願いします。
実は、昨日連れてきた4人と、またこの店で合流する予定だったんだ!
だが、お前らが追い出そうってんなら、隣の店に替えちまうぞ?
それでもいいんだな?
ええ。構いません。
よーし、わかった!
じゃあ、勘定してやるよ。
はい。お願いします。
……ないよ。
へ?
ない。
えーと、“ない”って……?
金がないんだ。
ちょっと、冗談はやめてくださいよ!
いや、冗談なんかじゃない。
本当にないんだ。
……。
わかりました。
それでは仕方がないので、ご友人が来られるまでは、お待ちします。
たぶん、来ないよ。
へ?
だって本当は、合流する約束なんてしてないもん。
じゃあ、連絡して、呼び寄せてくださいよ!
連絡しようにも、できないよ。
昨日知り合ったばかりで、どこの誰だかわからないんだもの。
……じゃあ、お勘定はどうするんだよ?
成り行きだね。
成り行き?
ああ。
人生、成り行き。なるようにしかならないんだよ。
ふざけたことを抜かすな!
ちょっと来い!
というわけで、狭い部屋に閉じ込められた佐平次。
しかし、それからしばらくすると、店は忙しくなってきます。
監視の目がなくなったのを確認した佐平次は、こっそり部屋から出てしまいました。

そこへ、なにやら怒っているお客さんの声が聞こえてきます。

いつまで待たせるんだ!
どうしました?
あんた、店の者かい?
まぁ、そんなようなもので。
紅梅花魁に、勝次郎が痺れを切らしてるって、伝えてきてくれよ。
あ!あなたが「紅梅の勝つぁん」でしたか!
紅梅の勝つぁん?
いやー、紅梅花魁はね、「うちの勝つぁんは、今ごろ何してるんだろう?」が口癖なんですよ。
だから、この店では、あなたのことを「紅梅の勝つぁん」と呼んでるんです。
え?そうなのか?
そうなんですよ。
あの男嫌いの紅梅花魁を、あそこまで惚れさせるなんて、憎いね!よっ!
お世辞を言いやがって。
まぁ、俺も花魁が来るまで暇だ。
ちょっと、ここで相手をしてくれよ。
こうして2人でしばらく飲んでいると、やっと紅梅花魁が部屋にやってきます。
お待たせしました。
あれ? この人、誰だい?
え? 店の者じゃないのか?
知らないよ、こんな人。
実は私、居残りなんです。
居残り?
昨日、この店で遊んだんですが、勘定が払えなくて、こうして残ってるんです。
なんだそりゃ。
まぁ、私のことなんて、どうでもいいじゃないですか。
あとは、お二人でごゆっくり。よっ!
こうして部屋を出た佐平次は、花魁が来なくて暇な客を探しては、相手をして回りました。

そして、これを何日も繰り返しているうちに、「面白い居残りがいる」と話題になり、店で重宝されるように。
お客によっては、佐平次にお小遣いをくれることもありました。
しかし、この状況が面白くないのが、店の若い衆。

今までは自分たちが貰っていたお小遣いを、佐平次に持っていかれるものだから、店の旦那に苦情を入れました。
こうなると、旦那も黙認できなくなり、佐平次を部屋に呼び寄せます。
おい、居残り。
旦那から話があるそうだから、俺に付いてきな。
へいへい。

旦那、連れてきました。
はい、ご苦労さま。お前たちは、下がっていいよ。
はい。
……あなたが、居残りさんだね?
はい。
私は、この店の主(あるじ)です。
聞けば、あなたは、好きでこの店にいるわけじゃないそうだね?
お恥ずかしながら……。
まぁ、私たちも、好きであなたをここに置いているのではない。
そういうわけだから、いつかのお勘定のことは全部なしにしましょう。
なので、もう家に帰っていただいて結構ですよ。
ありがとうございます。
ですが……このまま、私を店に置いてはいただけないでしょうか?
ん?どうしてだ?
実は私、外に出るとお縄にかかってしまう体でして……。
ええっ?
ここに来る前、何をしたんだい?
人殺しこそしませんが、それ以外の大抵の悪事には手を染めました……。
お、お前さんが?
それなら、なおさら、店には置いておけないよ!
このまま静かに、どこかへ身を隠せないのかい?
それが……先立つ金がないもので。
そうか……。
いくらあれば、なんとかなる?
100円もあれば……。
そしたら、ここに100円入っているから、持っていきなさい。

ありがとうございます。
ただ、店を出るときに、この粗末な服装だと、かえって目立つのではないかと不安で……。
それもそうだな。
よし。私の着物をあげるから、着ていきなさい。
何から何まで、ありがとうございます。
このご恩は、決して忘れません。
いや、この店に居たことは、もう忘れてくれ。
この先、うちとの関係は、誰にも口外しないでくれよ?
もちろんです。
おーい、誰か!
この方を、表まで送ってやってくれ!
へーい。
こうして、店の若い衆に連れられ、鼻歌を歌いながら敷居を跨いだ佐平次。

あんた、やけにご機嫌じゃないか。
ああ。
この店の旦那はいい人だね。
そうだろ?
でも、俺に言わせりゃ、大バカだ。
おい、なんてことを言うんだ!
お前も、この世界で生きていくなら、俺のことをよく覚えておきな。
俺の名は、居残りの佐平次。
こうやって、妓楼から金品を巻き上げるのを生業にしてる男だ。
……へ?
じゃあ、あばよ!
佐平次を呆然と見送った若い衆は、急いで旦那のもとへ戻り、聞いた話を報告しました。
……なんと。
あの男。私をおこわにかけたのか……。
はい。
「旦那の頭は、ごま塩ですから」
ー完ー
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「居残り佐平次」のオチ(サゲ)
無粋を承知で、居残り佐平次のオチの解説をします。
まず、最後の旦那のセリフ、「あの男。私をおこわにかけたのか……」にある、「おこわにかける」とは、「人を騙す」という意味です。
また、「おこわ」には、ご存知の通り「赤飯(正確には、もち米を蒸した飯)」の意味もあります。

続いて、最後の若い衆の「旦那の頭は、ごま塩ですから」というセリフについて、「ごま塩」は、白髪混じりの頭のことを指します。

そして、赤飯には「ごまと塩」をかけて食べるのが定番なことから、「私をおこわにかけたのか」と「ごま塩ですから」のセリフには、二重の意味が掛かっているというオチでした。
「居残り佐平次」の豆知識
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