「もし後日、50金が他から出てきた折には、いかがいたす?」
「柳田格之進」のあらすじ

この話の主人公は、柳田格之進。
彼はもともと彦根藩に仕える武士だったのですが、正直すぎる性格が災いして、今は浪人に身を落としています。
妻には早くに先立たれ、今年19歳になる娘の「絹」と、浅草の粗末な裏長屋で慎ましく暮らしていました。
父上。
なんだ?
毎日、家でそうして考えごとばかりしていましたら、体に毒です。
たまには、お出かけになってはいかがでしょう?
そうは言っても、どこへ参っても面白いことはない。
近くの碁会所で、囲碁を打つのはいかがですか?
囲碁か……しばらく打ってないな。
よし、試しに行ってみようか。

こうして、柳田格之進は、近所の碁会所にやってきます。
そこで彼は、質屋を営む萬屋(よろずや)の源兵衛という男に出会いました。
この二人は、囲碁の腕前が同じ程度。
しかも、互いに大変に気が合いましたので、それからは毎日、この碁会所で囲碁を打つようになりました。

柳田様。
なんでござる?
こうして、私たちは毎日、相手を変えずに碁を打っております。
なので……どうでしょう、私の家にいらっしゃいませんか?
ここよりも、落ち着いて打てると思うのですが……。
左様でござるか。
それでは、お邪魔いたそうかな。

源兵衛に誘われて、家を訪ねた柳田格之進。
二人はその家の離れで、心ゆくまで囲碁を打ちました。
柳田様。
このへんで一献差し上げたいと思うのですが、いかがですか?
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いや、それは……。
どうぞ、ご遠慮なさらずに。

その日、柳田格之進は酒と肴をいただいてから、家に帰りました。
それからは、毎日のように萬屋から迎えの者がやってきて、源兵衛の家で碁を打つようになります。

さて、8月15日の晩。
この日は、月見をしようということで、柳田格之進は源兵衛の家で豪華な食事をもてなされました。
柳田様。
なんでござる?
月見も大変に結構ですが、あの丸い月を見ていますと、私にはだんだんと碁石に見えてきまして……。
一番、いかがですか?
お相手いたしましょう。
柳田格之進と源兵衛はいつものように離れに向かい、二人きりで碁を打ちます。

そうして何番か打ってから、柳田は帰路につきました。
◆
旦那、失礼します。
おう、番頭さん。
どうした?
先ほど、私がお渡しした50両のことですが……。

ん?50両?
なんだい、それは?
ですから、碁は困るんですよ。
旦那が打ってる最中に、お客様から届いた50両をお渡ししたのを、覚えてらっしゃらないんですか?
ああ、そう言われてみれば、受け取ったような……。
どこにやったかな?
離れには、ありませんでしたので、旦那が持ってらっしゃるかと……。
ここで源兵衛は懐を探しますが、50両は見つかりません。
……おかしいな。
どこにやったんだろう?
ことによると、柳田様がお持ちになったのでは?
おい!滅多なことを言うんじゃない!
あの方は、そんなことをする人ではない!
ですが、今は浪人の身だそうで……。
何度かお宅を伺いましたが、あまり豊かな暮らしではなさそうでした。
つい「出来心」ということも、ございますので……。
馬鹿なことを言うな!
もういい。この50両のことは忘れよう。
でも、旦那!
うるさい!
もう下がりなさい!
源兵衛に叱られた番頭は、自分よりも柳田格之進が信用されていることが、悔しくてたまりません。
そこで翌日、旦那には何も言わずに、一人で勝手に柳田の家を訪ねます。

ごめんください。
萬屋の番頭さんか。
昨夜は世話になったな。
いえいえ。
……実は、柳田様にお尋ねしたいことがございまして。
なんだ?
昨晩、柳田様が碁を打ってらっしゃるとき、私が旦那に50両を渡したのを覚えていらっしゃいますか?
ああ、そんなこともあったな。
その50両がなくなってしまったんです。
それで……うちの中をいくら探しても見つかりませんでしたので、もしや柳田様がご存知ではないかと……。
……わしが、その金を盗んだとでも?
いえいえ!そうではございません!
ただ、柳田様もたいそうお酒をお召しでしたので、50両をタバコ入れか何かと間違えて、懐に入れたりしたんではないかと……。
いかに酔っておっても、そのような間違いはしない!
無礼なことを申すな!
申し訳ございません。
柳田様もご存知ではないということでしたら、この件はお上に届け出ようと思います。
もしかしたら、近いうちにお取り調べがあるかもしれませんが……どうぞ、ご承知おきくださいまし。
ここで、柳田格之進の顔色が変わります。
奉行に盗みの疑いをかけられ、痛くもない腹を探られるのは武士の恥。
なんとか番頭が届け出るのを止めようとしますが、聞く耳を持ってもらえません。
……わかった。
その50金は、わしが出そう。
さいでございますか?
ありがとうございます!
だが、今は手元にない。
明日の昼までに揃えておくので、その頃にまた取りに来なさい。
わかりました!
それでは、失礼します。
番頭が立ち去った後、柳田格之進は思い詰めたような顔をして、娘の絹を呼びます。
これ、絹や。
お呼びでございますか?
今夜は、久しぶりに伯母さんの家に泊まってきなさい。
……わかりました。
あの……先ほどお話ししていた50金は、どのようにしてお拵えになるおつもりですか?
聞いておったのか……。
方々に頼めば、50金くらいなんとかなるだろう。
父上。
お腹をお切りになることだけは、お留まりくださいまし。
……。
絹、お前は賢い子だな。
絹からお願いがございます。
親子の縁を切っていただけませんか?
なぜだ?
縁を切っていただき、私が吉原とやらに身を沈めれば、50金は整えられます。
だが、お前にそのような……。
絹は、武士の娘でございます。
……わかった。
絹、許してくれよ。
ただ、もし後になって、50金が他から出て、父上の疑いが晴れたときは……。
萬屋源兵衛と番頭の二人を斬って、武士道をお立てくださいまし。
こうして、絹は吉原の妓楼に身を売り、柳田格之進は50両を手にしました。

そして翌日の昼、約束どおりに萬屋の番頭が訪ねてきます。
ごめんくださいまし。
番頭さんか。
ここに50金あるから、持っていきなさい。
ありがとうございます!
それでは、私はこれで……。
待ちなさい。
この金は、わしが萬屋から持ち帰ったものではなく、よそから都合したものだ。
もし後日、50金が他から出てきた折には、いかがいたす?
そんなことになりましたら、詫びの印に、私の首を差し上げます。
首が一つで寂しければ、うちの旦那の首も差し上げますよ。
……その言葉、忘れるでないぞ。
もちろんです。
それでは、失礼します。
こうして50両を手に入れた番頭は、上機嫌で旦那の源兵衛に報告にいきます。

旦那!
ん、どうした?
無くなっていた50両、見つかりました!
ほう、どこから出た?
やっぱり、柳田様がお持ちになってたんです!
なに?
昨日、私が柳田様のお宅を訪ねたら、最初はシラを切ってたんですがね……。
「お上に届け出る」と申し上げたら、顔色を変えて、「明日の昼過ぎに取りに来い」とおっしゃるんですよ。
それで今、50両を受け取ってきたところです!
ばかもの!
……へ?
誰がそんなことをしろと言った!
すぐに返しに行くぞ!
源兵衛と番頭は、急いで柳田格之進の家に向かいます。
しかし、到着してみると、すでに家の中はもぬけの殻。
柳田という唯一無二の親友を失った源兵衛は、がっかりして萬屋に戻ってきました。
◆
それからというもの、源兵衛は必死に柳田格之進を探しますが、一向に彼の姿は見つかりません。
そうして迎えた、年末のこと。

旦那!旦那!
定吉か。
そんなに騒いで、どうした?
あの……離れを掃除していたら、こんなものが……。
これは……50両あるじゃないか!
どこにあった?
額縁の裏に入ってました。
額縁の裏……?
そうだ!あの日、柳田様と碁を打ってる最中に、番頭からこの金を預かって……。
厠(便所)に立つとき、額縁の裏に入れておいたんだ!
すべてを思い出した源兵衛は、すぐに番頭を呼びつけます。
旦那、お呼びですか?
なくなっていた例の50両、先ほど離れから出てきたよ。
……へ?
でも、その50両は柳田様が……。
お前は、大変なことをしてくれたな。
50両はずっとうちにあったのに、柳田様にあらぬ疑いをかけて……。
すぐに手分けをして、柳田様を探してきなさい!
あの……それは、およしになった方が……。
どうしてだ?
私、柳田様からお金を受け取るとき、「もしも50両が他から出たら、首を差し上げる」と言ってしまったんです!
そうかい。
そんな首なら、さっさと差し上げてしまいなさい!
そ、それがですね……。
私の首一つで寂しければ、旦那の首も差し上げると言ってしまいまして……。
……まぁ、仕方あるまい。
番頭の粗相は、主人である私の責任だ。
で、でも……。
とにかく、柳田様に詫びないことには、私の気が済まない。
店の者で手分けして、早く探してきなさい。
こうして、萬屋は総出で柳田格之進を探し始めます。
しかし、なかなか彼の姿は見つかりません。

やがて年が明けて、1月4日のこと。
番頭がお得意様のところへ挨拶回りをしていると、向こうから立派な身なりをした武士がやってきます。
そこに参るのは、萬屋の番頭さんではないか?
は、はい。
あの……どちらさまでございましょう?
柳田格之進だ。
や、柳田様!
こんなところで、お目にかかるとは……。
しばらくであったな。
みなさん、お変わりはないか?
は、はい……達者で暮らしております。
柳田様も、たいそうご出世のご様子で……。
いや、それほどのことではない。
おかげで、かつて仕えていた彦根藩への帰参が叶い、今は江戸で留守居役をしておる。
さ、さいでございますか……。
あの、柳田様に申し上げなければならないことがございまして……。
なんだ?
あの50両の件なのですが……。
……もう、済んだことだ。
その話はよい。
いえ、どうぞお聞きくださいまし。
実は、その50両、年末に大掃除をしていた折、離れの額縁の裏から出ました!
……なんだと?
あの50金が出たか。
……はい。
あのとき、約束をしたことを覚えておるか?
も、もちろんです……。
よろしい。
それでは明日の昼、萬屋を訪ねる。
その旨、源兵衛にも伝えておけ。
わかりました……。
今夜はゆっくり湯に入って、体を清めておけ。
とりわけ、首のあたりはよく洗っておきなさい。
そう言われた番頭は、クラクラしながら萬屋に戻り、旦那に一部始終を伝えます。
……そうか、見つかったか。
番頭さん。お前は明日の朝、早く起きて品川まで使いに行ってきてくれ。
え?
それで、帰りにどこかに寄って遊んで、夜になったら帰ってきなさい。
で、でも!
いいから、黙って私の言うとおりにしなさい。
……。
さて、翌日。
約束どおりに、柳田格之進は萬屋を訪ねます。

ご免。
柳田様。
お待ちしておりました。
源兵衛、しばらくでござったな。
無沙汰をしておった。
いえ、恐れ入ります。
……あの、柳田様。
なんだ?
50両の件ですが、あのとき柳田様のところに行くよう番頭に言いつけたのは、私でございます。
番頭は何も知らずに参ったゆえ、罪はございません。
どうか、斬るのは私だけにしていただけませんか?
旦那!
何を言ってるんですか!
番頭!
どうして、出かけていないんだ?
柳田様!旦那は何も悪くないんです!
全部、私が勝手にやったことなんです!
だから、斬るのは私だけにしてください!
お、おい!何を言ってるんだ!
……二人とも黙ってくれ。
両名とも斬り捨てねば、娘の絹に申し訳が立たぬのだ。
絹様に……?
拙者が渡した50金は、絹が吉原に身を沈めて拵えたものなのだ。
そうだったのですね……。
……両名とも、覚悟は決まったか?
この言葉に、源兵衛と番頭は目を瞑り、念仏を唱え始めます。
それを見た柳田格之進は、鞘を払い、刀を振り下ろしました。
こうして、源兵衛と番頭の首が床に転がった……かと思いきや、その傍にあった碁盤が真っ二つ。

柳田様……どうして?
主従の情を目の当たりにして、拙者の気持ちが揺らいだ。
無念だが……両名とも助けつかわす。
……ありがとうございます!
おい、番頭さん!
今すぐ吉原に走って、絹様を連れ戻してきなさい!
はい!

源兵衛の指示で、番頭は急いで吉原へ向かい、大金を払って絹を連れ帰ってきます。
父上……。
絹、許してくれ。
どうしても、この両名を斬ることができなかった……。
この不甲斐ない父を、許してくれ……。
お嬢様、誠に申し訳ございません!

どうか、このとおり、お許しくださいまし。
……父上の気がそれで収まるならば、私は何も申すことはございません。
こうして、無事に話が収まりました。

人の縁とは不思議なもので、この事件がきっかけとなり、絹と番頭は夫婦になります。
二人は萬屋を継いで仲睦まじく暮らし、やがて生まれたのは男の子。
この子を柳田が引き取って、家督を継がせたという、「柳田の堪忍袋」の一席でございました。
ー完ー
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「柳田格之進」の豆知識
- 別題は、「柳田の堪忍袋」「碁盤割」「柳田角之進」。
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