「大家さんは、熨斗の根本を知らないのか！」
「鮑熨斗（あわびのし）」のあらすじ
話は、主人公の甚兵衛が、家で妻のお光と話をしているところから始まります。
おい、かかあ。
腹減ったから、そろそろご飯にしよう。
そう言われても、ご飯がないんだよ。
なら、炊けばいいじゃねえか。
家にお米がないんだよ。
なら、買ってくればいいじゃねえか。
お金がないんだよ。
……。
だから、お前さん。
隣の田中さんから、50銭ばかし借りてきとくれよ。
無理だよ。
50銭どころか、この前は3銭借りようとしても、貸してくれなかったもん。
そりゃ、お前さんが頼んでも貸してはくれないだろうけど、「私の頼み」って言えば、貸してくれるさ。
そういうもんかね？
そういうもんなの。
さあさあ、早く行っといで！
お光に背中を押されて、しぶしぶ田中さんの家を訪ねた甚兵衛。
こんちは。
おう、甚兵衛か。
何か用かい？
あの……うちのかかあが、「50銭ばかし貸してほしい」って言ってるんだけど……。
なに、お光さんが⁉︎
よし、俺に任せろ！
たった50銭でいいのか？1円貸してやろうか？
おいおい。
この間、俺が3銭借りに来たときとは、態度が違いすぎないか？
当たり前だよ！
お前とお光さんとじゃ、信用が違うからな！
こうして、甚兵衛は田中さんから50銭を借りることに成功し、家に帰ってきます。
戻ったよ。
おかえり。
どうだった？
お前が言ったとおり、50銭貸してくれたよ。
そうでしょう？
この金で米を買ってくるんだな？
いや。今度は、魚屋に行ってきとくれ。
魚屋⁉︎
魚じゃ腹は膨れねえよ？
私たちで食べるんじゃないの。
買った魚は、大家さんとこに持ってくんだよ。
おいおいおい。
なんで、そんなことしなくちゃいけねぇんだ！
大家さんの倅に、今度お嫁さんが来るんだよ。
だから、お祝いとして頭付きの魚でも持ってったら、お返しに1円くらい貰えると思うの。
その1円から、50銭は田中さんに返して、残りの50銭でお米を買うってわけ。
そりゃ名案だ！
でしょ？
そうと決まったら、さっそく魚屋に行ってきてちょうだい。
いいかい？「頭付き」の魚を買ってくるんだよ！
お光に頼まれた甚兵衛は、今度は魚屋にやってきます。
こんちは。
やあ、甚兵衛さん。いらっしゃい。
頭付きの魚はあるかい？
頭付きかぁ……。
さっきまでは、色々あったんだが……。
今残ってるのは、この鯛だけだな。
じゃあ、それをおくれよ。
いくらだい？
5円だ。
5円⁉︎
とてもじゃないけど、買えねえや！
こちとら、50銭しか持ってねえんだ。
そしたら、こっちのアワビはどうだい？
1つ20銭なんだが、特別に3つで50銭に負けてやるよ。
じゃあ、それをおくれ。
というわけで、魚屋でアワビを3つ買った甚兵衛は、それを片手に意気揚々と家に戻ってきます。
ただいま！
はい、おかえり。
魚屋が安くしてくれたから、アワビを3つも買えたよ！
いや、「頭付きの魚を買ってきて」って、言ったじゃないか！
まぁ、細かいことは気にするなよ！
じゃあ、これを持って、大家んとこ行ってくるよ。
あ、ちょっと待って！
それを大家さんに渡すとき、なんて言うつもりだい？
「ご結婚、おめでとうございます。アワビをあげるんで、1円ください」とか？
それじゃあ、ダメだよ。
こういうお祝いの口上は、きちんとした言葉遣いをしないと。
なら、何て言えばいいんだ？
例えば……
「承りますれば、お宅の若旦那さまには、お嫁御さまをお貰いだそうで、おめでとうございます。いずれ長屋から繋ぎが参りましょうが、これはそのほかでございます」
とかね。
繋ぎ？そのほか？
「あとで長屋のみんなからお祝いの品を贈るけど、これはそれとは別だよ」ってこと。
そう言えば、「じゃあ、あなたには個別にお返しをしましょう」ってなって、1円くらい貰えるってわけ。
なるほどねぇ。
その後、お光に何度も教えてもらって、やっとお祝いの口上を覚えた甚兵衛。
忘れないうちに、急いで大家の家へと向かいます。
ごめんください。
はいはい。
やあ、甚兵衛さんかい。
どうぞ、お上がり。
お邪魔します。
あの……う、承りますれば、お宅の若旦那さまには、お嫁御さまをお貰いだそうで……おめでとうございます。
おや、わざわざお祝いを言いに来てくれたのかい？
それで……いずれ長屋から、つ、繋ぎが参りましょうが、これはそのほかでございます……。
暗記した口上をしどろもどろに述べた甚兵衛は、ここで魚屋で買ったアワビを差し出します。
これは……アワビだね？
ええ、アワビです。
せっかくだが、受け取れないな。
えっ⁉︎
「磯の鮑の片思い」と言ってな。
アワビは、婚礼なんかの場には縁起が悪いんだ。
アワビは貝殻が1枚しかないため、「片貝」に分類される。このことから、よく「片思い」の比喩として使われた。
そ、そうなんですね……。
それじゃ、あたしは忙しいから。
そう言い残して、大家は家の奥に引っ込んでしまいました。
計画が失敗に終わり、とぼとぼと家へと戻る甚兵衛は、その道中で大工の棟梁に会います。
おっ、甚兵衛じゃねえか！
あ、棟梁……。
なんだい、元気がねえな。
何かあったのか？
ここで甚兵衛は、今までの出来事を棟梁に話します。
それじゃ、大家の機嫌を損ねちまって、金が貰えなかったから、飯が食えなくなったのか？
うん……。
よし。もう一回、大家のとこに行ってこい！
え？
それで、「年寄りのくせに、熨斗（のし）の根本を知らねえのか！」って、文句を言ってやれ！
下記のような、祝いの品に添える飾りのこと。
昔は細く切った干しアワビを六角形の色紙で包んでいたが、今は樹脂などで代用される。
熨斗のポンポン？
根本！「ものの始まり」ってことだ。
熨斗ってのはな、もともとはアワビなんだよ。
え？そうなの？
ああ。
海女さんが海からアワビを取ってきて、釜で蒸したら、薄く切ってから、筵（むしろ）に並べて干す。
藁や井草で編んだ敷物のこと。
その上で仲のいい夫婦が一晩寝ると、いい熨斗が出来上がるんだ。
ってなわけで、大家には「これほど縁起のいいもんを、なぜ受け取らねえ！」「それとも、お前は祝いの品に付いてる熨斗を返すのか！」と啖呵を切ってやれ！
わかった！
そんで、最後にクルッとケツをまくるんだ！
いや、それはできねぇな。
どうして？
今日は、ふんどしを締めてねぇ。
さて、棟梁から入れ知恵された甚兵衛は、再び大家の家を訪ねます。
ごめんください。
おや、また甚兵衛さんかい。
大家さんは、熨斗の根本を知らないのか！
なんだい？藪から棒に。
熨斗はな、海女さんが海からアワビを取ってきて、釜で蒸したら、薄く切ってから、筵に並べて干して、その上で仲のいい夫婦が一晩寝るとできる、縁起のいいものなんだぞ！
へぇー、それは知らなかった。
これほど縁起のいいアワビを、なぜ受け取らねえ！
それとも、大家さんは、祝いの品に付いてる熨斗を返すのか！
いやはや、これは済まなかった。
お前さんにも、ちゃんとした考えがあったんだな。
そうだ！
本当は、ここでケツをまくるところだが……。
「今日は事情があって、まくれねぇ」
ー完ー
「鮑熨斗」のオチ
このネタには、下記のような別パターンのオチもあります。
—
甚兵衛から、熨斗の由来を聞いた大家。
大「それは知らなかった」
大「なら、ついでに聞くが、熨斗は簡単にひらがなで『のし』と書いて済ますことがある。あれは何だ？」
甚「アワビのむきかけだ！」
大「ほう。そしたら、漢字で『乃し』とするのは？」
甚「アワビのお爺さんだ！」
—
これは、「乃」という漢字が、人が杖をついているように見えることを踏まえたオチになっています。
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「鮑熨斗」の豆知識
- 別題は、「鮑貝」「生貝」「生貝のし」「祝いのし」。
- もともとは上方落語のネタだった。
- 五代目 古今亭志ん生が得意とした。
- 今では高級品のアワビだが、江戸時代は安価だった。
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- 石田彰：渚カヲル（エヴァンゲリオン）etc.
- 山寺宏一：ジーニー（アラジン）etc.
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