「……なに?この手紙は?」
「文違い(ふみちがい)」のあらすじ

この話の主人公は、新宿の女郎の「お杉」。
物語は、彼女が馴染みの「半七」という客の相手をしているところから始まります。
ねぇ、半ちゃん。
手紙でお願いしたお金は、なんとかなった?
いやぁ、俺も頑張ったんだけどな……。
10両までしか集められなかったよ。
そう……。
それじゃあ、ちょっと足りないねぇ……。
私のおとっつぁんは、「20両欲しい」って言ってんだから。
そう言われてもなぁ……。
だいいち、お前は前にも、親父さんから無心されてなかったか?
おとっつぁんには、私も困ってるんだけどさ……。
「20両くれたら、もう二度と来ない」って言うもんだから、今回は縁切り金として渡してやろうと思ってるんだよ。
なるほどなぁ……。
ただ、俺には10両が限界だよ。
そっか……。
そこへ、店の若い衆がやってきます。
失礼します。
お杉さん、ちょっとお耳を。
なぁに?
……例のお客が来ました。
あら、そう。
……ねぇ、半ちゃん。
ん?
私、ちょっと席を外すわね。
おいおい、どこに行くんだよ?
実は、半ちゃんの懐をあんまり痛めさせたくないから、別の人にも手紙を出しといたんだよ。
それで今、その人が来たみたいなの。
そ、そうか……。
その男は、どんな奴なんだ?
田舎者で嫌な男なんだけど、お金だけは持ってるのよ。
とりあえず会って、20両ふんだくってくるから、ちょっと待ってて。
ああ、わかった。
それなら、早く行ってきなよ。
うん。すぐに戻ってくるからね。
こうして、お杉は「角蔵」という、田舎の大尽の待つ部屋へ向かいます。
お金持ちのこと。遊里では、「大金を使って豪遊する人」を指す。
角さん、来てくれたの?うれしい!
私が出した手紙、読んでくれた?
ああ、読んだよ。
お袋さんの身体は、大丈夫なのか?
それが、あんまり良くなくてね……。
お医者さまが言うには、治すためには「人参」が必要なんだって。
ニンジンくらい、すぐ食べさせたらいいじゃないか。
ニンジンって言っても、普段私たちが食べてるようなものじゃなくて、「朝鮮人参」っていう高級品なんだよ。

1本20両もするみたいで、とても私には……。
だから、手紙で「20両貸してほしい」って言ってたのか。
ええ。
それで、お金は持ってきてくれた?
いやぁ、それがな……。
持ってきてないの?
……すまん。
……嘘ついてるでしょ?
私には、わかるわよ。
う、嘘じゃねえよ。
なら、お前さんの身体を調べていい?
待て待て!
本当のことを言うと……15両なら持ってる。
ほら、持ってるじゃない。
15両でもいいから、私に貸しておくれよ。
ただなぁ……この金は、友達から預かったもんなんだよ。
これで、馬を買って帰らなくちゃいけねえんだ。
へぇー……。
そしたら、お前さんは、私のおっかさんよりも、馬のほうが大事なんだ?
そういうわけじゃ……。
もういい!
お前さんが、そんな薄情な人だなんて知らなかった!
い、いや……。
前に「年季(ねん)が明けたら一緒になろう」って言ってたけど……。
あの話は、なかったことにしてくれ!
遊女が、店と取り決めた奉公の期間を終えて、自由の身になること。
ちょ、ちょっと待ってくれ!
わかった!わかったよ!
この金は、お前にあげるから!
いらないわよ!
そう言わずに、受け取ってくれ!
……俺が悪かったよ。
この15両はお前にやるから、機嫌を直しておくれよ。な?
……取り乱して、ごめんね。
でも、本当にもらっていいの?
ああ。
俺たちは、この先、夫婦になる仲じゃねえか。
……ありがと。
そしたら、お店の人に、このお金を預けてくるね。
ああ、ここで待ってるよ。
角蔵からお金をもらったお杉は、それを持って半七の部屋に戻ってきます。

行ってきたよ。
どうだった?
15両もらえたよ。
よかったじゃねえか!
だから、半ちゃん。
足りない5両だけ、出しておくれよ。
……15両もあれば、十分じゃねえか?
十分じゃないよ!
これは、おとっつぁんとの「縁切り金」なんだから。
20両きっちり渡さないと、また無心してくるかもしれないじゃないか。
そうかなぁ?
……お前さん、私にお金を渡したくないんだろう?
いや、そういうわけじゃ……。
いいよ!それなら、いらない!
私は、あなたのことを「間夫」だと思ってたけど、ただの「お客さん」だったんだね。
遊女が「仕事」ではなく、「心から」好きな男性客のこと。
おいおい、そんな嫌味なことを言うなよ!
5両なら出してやるから!
いらないって言ってるじゃない!!
5両のほかに、もう2両やるよ!
これで、親父さんに美味いもんでも食ってもらいなよ。な?
……いいの?
もちろん。
俺とお前の仲じゃねえか。
……ありがと。
実はね、おとっつぁんから催促の使いが、店まで来てるんだよ。
すぐに渡してきていい?
ああ。早く行ってきな。
こうして、半七のいる部屋を出たお杉は、店の階段を軽やかに降りていきます。

そして、狭い座敷の戸を開けると、中に座っていたのは「芳次郎」という男。
目が悪いようで、布切れで目元を押さえています。
……芳さん。
長いこと待たせて、ごめんね。
お杉か?
こちらこそ、無理なことを頼んで、すまねえな。
いいんだよ。
ほら。やっと、20両こさえられたよ。
あと、もう2両あるから、これで帰りに美味しいものでも食べてってね。
……ありがとう。
これで、俺の目を治せるよ。
お前には苦労をかけて、本当にすまねえなぁ。
そんな水臭いこと言わないでよ。
私たちは、夫婦になるんだから。
じゃあ、俺はこれで……。
え?もう帰っちゃうの?
ゆっくりしていってよ!
今から、医者に行くんだ。
一刻も早く、この目を治してもらいたいんだよ。
でも……せっかく来てくれたんだから、一晩くらい……。
おいおい、そんなワガママを言わないでくれよ。
私だって、頑張ってお金をこしらえたんだもん!
それなのに……こんなにすぐ帰るっていうから!
目を治してもらったら、すぐに会いにくるよ。
どうしても、もう行っちゃうの……?
ああ。
……それなら、お金は返して!
……。
お金を返してよ!!
……わかった。返すよ。
……え?
お前は、俺の目のことなんて、どうでもいいんだよな?
そんな薄情な奴とは、夫婦になんてなれねえよ!
ごめんなさい、違うのよ。
私、芳さんと少しでも一緒にいたくて……。
その気持ちを押し殺して、早く医者に行けっていうのが、女房なんじゃねえか?
……もう俺は帰るよ。
待って!私が悪かった!
このお金をあげるから、早くお医者に行って治してもらってきて!
……俺もカッとなっちまって、すまない。
本当に、この金を持ってっていいのか?
ええ、もちろんよ。
……ありがとう。
目を治してもらったら、すぐにここへ戻ってくるから、待っててくれよ。
うん!
気をつけて行ってきてね。
こうして、芳次郎は店を後にし、部屋に一人で残されたお杉。
忘れ物をしていないかと辺りを見回すと、手紙が落ちているのを見つけます。
その手紙の内容は……
芳次郎様へ
先日は、私が田舎へ売り飛ばされそうになっているところを助けていただき、ありがとうございました。
あなたに肩代わりしていただく20両は、「新宿の女郎のお杉とやらに、目の病気と偽って用意させる」とのことでしたね?
私は、その義理であなたとその女の仲が深まるのではないかと心配です。
どうか、私のことをお見捨てなきよう、心よりお願い申し上げます。
小筆より
……なに?この手紙は?
私……芳さんに、騙されてたの……?

一方その頃、半七は、部屋でお杉を待ちながらタバコを吹かしていました。

彼がなんとなく辺りを見回すと、引き出しに紙が挟まっているのを見つけます。
暇つぶしがてら、その紙を引っ張り出してみると……
お杉へ
先日は、私の目を治す薬を買うため、「20両を用意する」と言ってくれて、ありがとう。
そのお金は、馴染み客の日向屋の半七とやらに「親から無心された」と偽って、こしらえてくれるとのことでした。
私は、その義理で、あなたとその男が深い仲になるのではないかと、毎日案じて過ごしています。
芳次郎より
……お杉の奴、俺を騙してやがったんだ!
そこへ、タイミング悪くお杉が戻ってきます。
あっ!
半ちゃん、何を勝手に読んでるの⁉︎
おい!なんだよ、この手紙は!
何だっていいじゃない!
お前、この「芳次郎」って男に金を渡すために、俺を騙したんだろ!!
私だって騙されてたのよ!!
大声をあげて喧嘩を始めたお杉と半七。
その声は、角蔵の部屋にまで聞こえてきます。
おーい、誰かいるか?
へい。お呼びでございますか?
今、大きな声で喧嘩してるのは、お杉じゃないか?
お騒がせして、申し訳ございません。
「男」とか「金」とか聞こえてきたから、おそらく俺が渡した金のことで、別の客と揉めてるんだろう。
すまないが、「さっき金を出した男は、間夫なんかじゃなくて、ただの客です」と言って、仲裁してきてくれないか?
かしこまりました。
すぐに行ってきます!
……あ、ちょっと待て!
やっぱりやめておこう。
……?
そんなこと言ったら……
「俺がお杉の間夫だとバレちまう」
ー完ー
「文違い」のオチ(サゲ)
このネタの登場人物たちの「騙し・騙され」の相関図は、下記のとおりです。

みんながみんな、「相手が本当に好きなのは自分だ」と思っていたというオチでした。
もしかしたら、芳次郎も小筆に騙されているのかも?
物語に直接描かれていない部分にまで、色々と妄想が広がるネタです。
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