「ここで、キツネが出来てると聞いてきたんだ」「き、狐?なんのことです?」
「今戸の狐」のあらすじ

「落語家」という職業が生まれたばかりの江戸時代は文化年間。
乾坤坊良斎(けんこんぼう りょうさい)という、落語作家がいました。
彼は自分が話を作っても、儲けるのは落語家ばかりなことに不満を覚え、自身も噺家になることに。
しかし、実際にやってみると難しく、「やはり自分は作家に徹しよう」ということで、まもなく廃業。
たった一人いた弟子の「良助」は、三笑亭可楽(さんしょうてい からく)に預かってもらうことになりました。

本来、弟子入りした前座の落語家は、師匠の家に住み込みます。
しかし、可楽には、すでに多くの弟子がいたことから、良助は別で家を借り、そこから通うことになりました。
ところが、当時の前座の落語家たちは、無給。
唯一の収入源といえば、寄席での「くじ売り」から得られる、わずかな小遣いのみです。
「住み込み」なら、それでも問題ありませんが、「通い」の良助は、日々の暮らしが成り立たないので内職を始めます。
そこで彼が選んだ仕事は、「狐の焼き物の絵付け」でした。

これは、良助の住んでいた「橋場」のあたりは「今戸焼」の生産地で、神社もたくさんあったので、狐の焼き物の需要が高かったからです。
ただし、芸の虫だった可楽は、弟子が落語以外に精を出すのを良しとしません。
もしも内職がバレたら、即“破門”です。
そこで良助は、内職のことは師匠に内緒にして、作業をする際は、表の戸をしっかり閉め、天井の引き窓からの明かりだけを頼りにしていました。

さて、この良助の内職を、物干し場からたまたま見かけたのが、向かいの小間物屋の奥さん。
彼女は「コツ」と呼ばれた「小塚原」の元女郎で、そのあたりでは「コツの妻(さい)」とあだ名されていました。
奥さんは、そのまま良助の家を訪ねます。
良助さん、ごめんください。
はいはい、今開けますよ!
……あ、小間物屋のおかみさん。どうも。
入ってもいいかしら?
どうぞ、どうぞ。
あなた、いいことしてるじゃないの。
へ?
狐に色を塗ってさぁ。
私が?
そ、そんなことしてませんよ。
隠したって無駄よ。
私、物干し場から、ここの引き窓を覗いちゃったもの。
え、あ、見たんですか⁉︎
……おかみさん、お願いです。
このことは、周りには内緒にしてくれませんか?
あなたの師匠は、厳しい方だものね。
もちろん、誰にも話しませんよ。
ありがとうございます。
その代わり……私にも、その内職のやり方を教えてもらえないかしら?
わかりました。
見られたこっちも悪いんで、お教えしますよ。
こうして、小間物屋の奥さんも、良助に教わって、狐の色付けの内職を始めたのでした。

さて、場面は変わって、良助の師匠の可楽の家。
寄席が終わって、師匠と家に帰ってきた弟子たちは、夜な夜な、くじを売って稼いだ金の勘定をしています。
そこへ通りかかったヤクザもの。

可楽の家から、チャリンチャリンとお金の音が聞こえるので、ご法度だった「賭け事」をしているのだと勘違い。
弱みを掴んだヤクザものは、翌朝、可楽の家にゆすりに来ます。

ごめんよ。
はい、どちらさまで?
あんたは、落語家の可楽さんだね?
ええ。
昨夜はずいぶん、お楽しみでしたなぁ?
ん?なんのことです?
おっと、とぼけないでくださいよ。
ひと粒の「チョボ」か、ふた粒の「半丁」か、みっつの「キツネ」かは知らねえが……。
やってる音が聞こえたんですよ。
まぁ、野暮なことは言わねえ。
俺がここに顔を出すたびに、ちょいと小遣いをこさえてくれたら、黙っててやるよ。
あなた、あたしが夜な夜な賭け事をしてるとでも言いたいんですか?
早い話、そういうこった。
はっはっは。それは、お門違いです。
は?
あたしは賭け事が大嫌い。
弟子にも、固く禁じています。
さぁ、話は以上です。どうぞ、お引き取りください。
ちょ、ちょっと待て!
こうして、家から閉め出されてしまったヤクザもの。
そこへ、二人の会話を聞いていた弟子が、駆け寄って来ます。
お兄さん、さっき、狐がどうのとか言ってましたね?
そうだ!
俺は、ここで隠れてキツネが出来てるのを知ってるんだよ!
賭け事をする場所が整うことを、賭場が「出来る」という。
このことから、「キツネが出来る」は「賭け事の“キツネ”をやっている」ことを指す。
ただ、この弟子は勘違いしているようで……。
狐だったら、ここでは出来てませんよ。
なに?
お前まで、シラを切るのか!
いやいや、そんな大きな声を出さないでください。
狐ならね、ここじゃなくて、橋場の良助って弟子のところで出来てますよ。
本当か⁉︎
ええ。でも、師匠には内緒にしてくださいよ?
……わかった。
その良助って奴のところでは、毎日、キツネが出来てるのか?
そりゃもう、毎日たくさん。
俺が行けば、いくらかこさえてくれるかな?
ええ、きっと。
よし、早速行ってみるよ。
こうしてヤクザものは、良助の家を訪ねます。

ごめんよ。
良助さん、いるか?
はいはい、今開けますよ。
えーっと……どちらさまですか?
可楽師匠のとこから来たんだよ。
はぁ。
ちょっと、お邪魔するぜ。
……ん?出来てねえじゃねえか。
何がですか?
ここで、キツネが出来てると聞いてきたんだ。
き、狐?
なんのことです?
おっと、しらばくれるな。
俺は師匠の弟子から、たしかに聞いてきたんだ。
隠すと、お前のためにならないぜ?
……すみません。
生活が苦しかったもので……。
そらまぁ、大概は苦しいから、そういうことを始めるんだ。
あの、世間には……。
ああ、黙っててやる。
その代わり、俺がここに顔を見せたとき、少しで構わねえから、(小遣いを)こさえてもらいたいんだ。
あの……それは困ります。
なんだと?
いや、「(狐の焼き物を)少しだけこさえる」というのは……。
やっぱり、20とか30とか、まとめていただかないと……。
おい、そんなにいいのか?
本当に、こさえられるんだろうな?
それはもう。
私はこさえるとなれば、すぐにこさえますよ。
そりゃ、頼もしいな。
ということは、最近は上手くいってるのか。
ええ。やっと(色付けした狐の)顔が揃うようになりまして。
そうなんだよな。
(賭けるメンツの)顔が揃うようになるまでが大変なんだよな。
実は、今もやってたとこだったんですよ。
えっ!? この部屋の中で?
一体、どこに隠れてやってたんだい?
そこの戸棚の中です。
そんなに狭いところで、よくやるなぁ!
ちょっと、見せてくれないか?
ええ。どうぞ。

は?なんだ、こりゃ?
何って、狐です。
ばかやろう!
俺が言ってたのは、こんな泥で出来た狐じゃなくて、骨の賽(こつのさい)だよ!
ああ、コツの妻(さい)ですか。
「それは、向かいのおかみさんです」
ー完ー
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「今戸の狐」のオチ(サゲ)
「骨の賽」のオチについて、補足します。
当時の博打で使うような、いわゆる「本物」のサイコロは、「鹿の角」や「象牙」で出来ていました。

そういうサイコロは、「骨で出来た賽子(さいころ)」、縮めて「骨の賽(こつのさい)」と呼ばれます。
ただし、それらは高級品で、子どもが遊びに使うようなサイコロは「泥」や「木」で作ったもの。
以上のことから、ネタの中では、焼き物である「泥の狐」と「骨の賽」が対比になっていて、さらに小間物屋の奥さんのあだ名「コツの妻」とも掛かっているというオチでした。
「今戸の狐」の豆知識
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- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
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- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
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そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
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