「亀坊のためと思って……お前は嫌だろうが……。俺と元通り、一緒になってはくれねえか?」
「子別れ」のあらすじ

話の主人公は、大工の熊五郎。
職人としての腕は確かなのですが、酒が好きすぎるのが玉に瑕な男です。
この日、彼は出入りしている店の旦那の葬式に行くと、酒を飲んで酔った勢いで吉原へ。
そのまま4日も、家に帰りませんでした。
ただいまぁ!

お帰りなさい。
ずいぶん酔ってるね?
別にいいだろ〜?
で、「葬式に行く」って出て行ってから、4日間もどこで何をしてたんだい?
えーと……それはだな……。
どうせ、吉原にでも行ってたんだろ?
え……なんでわかるの……?
わかるさ。
私はね、何もそういうところに行くな、と言ってるんじゃないんだよ。
ただ、一家の大黒柱に4日も家を空けられたら、私と亀坊は食べるもんが無くなっちまうじゃないか!
それは……悪かったよ……。
お前さんが酒でしくじるのは、何回目だと思ってるんだい?
……もう我慢できない。
私と離縁しておくれ。
いや、離縁って……。
そんな大袈裟な……。
大袈裟じゃないよ!
お前さんは、私が何回言っても、わからないじゃないか!
離縁しておくれ!
いや、次から気をつけるよ……。
それも何回も聞いたよ!
離縁しておくれ!!
あー、もう!うるせえな!
わかったよ、離縁すればいいんだろ?
勝手に出ていきやがれ!
ああ、出ていくよ!
亀坊は、私が連れていくからね!
ああ、いいさ。
連れてけ連れてけ!
ねえ、二人ともやめなよ!
おっとぉ。さっさと、おっかぁに謝っちまいなよ。
やなこった!
さあ、亀坊。行くよ!
こうして、熊五郎の妻と子どもは、家から出て行ってしまいました。

その後、熊五郎は吉原の遊女を家に連れてきます。
しかし、彼女は一切、家事をせずに寝てばかり。
しまいには、外に男を作って、家を出て行きました。
◆
ここまで来て、やっと目が覚めた熊五郎。
「こんなことになったのは全部、酒が悪い」と、それからは禁酒をして、一生懸命に仕事に励みます。
そうしているうちに、3年の月日が経ちました。

棟梁、いるかい?
おや、番頭さん。
どうしました?
お前さんに頼みたい仕事があるんだが……ちょっと来てもらえないか?
ええ。いいですよ。
馴染みの番頭に連れられて、大通りを歩く熊五郎。

男の一人暮らしじゃ、何かと大変だろう?
まぁ……なんでも一人でやらなきゃいけないんでね。
お前さんも、酒でしくじらなきゃなぁ……。
今でも、昔の奥さんのことを思い出すことがあるかい?
そうですね。
ただ、一番思い出すのは、ガキのことです。
男の子だったよな?
今年でいくつになる?
10歳ですね。
可愛い盛りじゃないか。
……あれ?
噂をすれば、あそこで遊んでる子ども、お前さんの子じゃないかい?
え?
……ああ!亀坊だ!
棟梁、ちょっと話をしてきなよ。
私は少し先で待っててあげるから。
ありがとうございます!
◆
おーい、亀坊!
あ、おとっつぁん!
お前、大きくなったなぁ。
おとっつぁんもね。
そんなわけあるか!親をからかうんじゃねえよ!
元気にしてたか?
うん!
今のおとっつぁんは、お前のことを可愛がってくれてるか?
ん?どういうこと?
あたいのおとっつぁんは、あんた一人だよ?
なんだ、おっかさんは、まだ独り身なのか?
どうやって、親子2人で飯を食べてるんだよ?
おっかさんが布を縫ったりして、お金を稼いでるよ。
そうか……。
おっかさんは、時々おとっつぁんのことを何か言ってるか?
うん!
あの飲んだくれには、懲り懲りしたって!
酷い言いようだな……。
あとね、「おとっつぁんは、本当は悪い人じゃないんだけど、お酒っていう悪魔が憑いてるんだ」とも言ってたよ。
そうか……。
ん?お前、額のところをケガしてんじゃねえか。
転んだのか?
これはね、この間遊んでたときに、鈴木さんの坊ちゃんに独楽(こま)で殴られたんだ。
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ええ?
あんまり痛かったから、泣きながら家に帰って、おっかさんにも話したんだけどね。
「鈴木さんの坊ちゃんにやられた」って言ったら、「それなら我慢しなさい」って言われちゃった。
どうして、我慢しなきゃいけないんだ?
鈴木さんの家からは、たくさんお仕事を貰ってるんだって。
そのとき、おっかさんが言ってたよ。
「あの飲んだくれでも、家に居てくれたら、こんなことで我慢しなくて済むのに」って。
そうか……。
お前、ウナギが好きだったよな?
うん!
でも、この頃は食べてないから、もう顔も忘れちゃった!
よし。じゃあ明日も、同じ時間にここに来い。
お前にウナギを食わせてやるよ。
えっ?いいの?
ああ。
それじゃあ、おとっつぁんは、これから用事があるから……。
うん。じゃあね!
おい、亀坊。手を出せ。
ん?はい。
ほら。お小遣いをやる。

これ、50銭の銀貨でしょ?
こんなにいいの?
ああ。おとっつぁんはな、今じゃ酒をやめて、一生懸命に働いてるんだ。
50銭くらい、屁でもねえよ。
そうなんだ!
でも、俺がお小遣いをやったことは、おっかさんには内緒だぞ?
男と男の約束だ。
わかった!
男と男の約束だね!
おう。
じゃあ、また明日な。
こうして、熊五郎と別れた亀坊は、そのまま母の待つ家に帰ってきました。

ただいま!
お帰り。
ん?そんなに右手を強く握って、何か持ってるの?
これは……なんでもないよ!
……あやしいね。
ちょっと見せてみなさい!
なんでもないって!
……ああっ!
母親が無理矢理、亀坊の右手を開くと、先ほど熊五郎から貰った50銭が出てきます。

こんな大金、どうしたの⁉︎
もらったの。
誰に?
……言えない。
まさかお前、盗んできたんじゃないだろうね⁉︎
違うよ!
なら、誰から貰ったのか言いなさい!
言えない!
男と男の約束だもん!
言わないなら……この玄能で叩くよ!
下のイラストのように、頭の両方が平たい金槌のこと。釘などを叩く際に用いる。

これはね、元々おとっつぁんが使ってた道具なんだ。
これで叩かれるってことは、おとっつぁんに怒られるってことだからね!!
うわーん!!
泣くんじゃないよ!
さあ、誰に貰ったか、早く言いなさい!
……おとっつぁん。
え?
おとっつぁんに貰ったんだよぅ!
どこで会ったの?
そこの大通りで。
どうせ、お酒に酔って、汚い格好をしてただろ?
ううん。立派な格好だったよ。
お酒もやめてね、一生懸命に働いてるんだって。
……そうかい。
おとっつぁん、おっかさんのことを何か言ってた?
同じようなことを聞かれたよ!
あとね、おとっつぁんが明日、ウナギを食べさせてくれるって!
そうなの?
食べに行ってもいいよね?
もちろんさ。

さて、その翌日。
母は、亀坊にきれいな格好をさせて、熊五郎のところに送り出します。
そして、何だか自分も気になるものだから、ウナギ屋の前まで行ってウロウロ。
ついに我慢できず、店に入ってしまいました。
ごめんください。
あら、奥さん。
亀ちゃんなら、男の人と一緒に2階にいますよ。
亀ちゃーん!
あ、ちょっと……!
◆
ん?下であたいの名前を呼んでるよ。
きっと、おっかさんが来たんだ!
ちょっと行ってくる!
お、おい、ちょっと……!
こうして亀坊は、熊五郎がいる部屋まで、母親を引っ張ってきました。
おとっつぁん。連れてきたよ!
……お、おう。
久しぶり……だな。
久しぶり……だね。
昨日は亀坊にお小遣いをいただいて、今日はウナギをご馳走してくれて……ありがとう。
いや、まぁ……。
こんくらい、なんでもねえよ……。
うわーん!おとっつぁーん!
おいおい、いきなり抱きつくなよ。
だって……みんなで一緒に居られて、嬉しいんだもん!
……そうか。
亀坊を抱きしめながら、元妻の方へ向き直った熊五郎。

なぁ。お前には散々迷惑かけて、一生合わせる顔がねえと思ってたんだが……。
昨日、亀坊に会って話してたら、こいつが可哀想でなぁ……。
……。
だから、亀坊のためと思って……お前は嫌だろうが……。
俺と元通り、一緒になってはくれねえか?
……うん。
私の方からも、お願いします。
一緒になってくださいな。
……ありがとう。
亀坊がいたからこそ、また一緒に居られるんだな。
ええ。
「子は鎹(かすがい)」とは、よく言ったものだね。
えっ?あたいが、鎹⁉︎
そうか。だから昨日、おっかさんは……
「あたいを玄能で叩こうとしたのか」
ー完ー
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「子別れ」のオチ(サゲ)
野暮を承知で、このネタのオチを解説すると……
まず、「子は鎹(かすがい)」ということわざの「鎹」とは、下の図のような、コの字型の釘のことです。
画像出典:goo辞典「かすがい」
この釘は、2つの木材をつなぎ合わせる役割があることから、木材を「夫婦」に例えて、「その間をつなげる子どもは鎹だ」というのが、ことわざの由来となっています。
そして、その鎹を打ち込む際に用いるのが、あらすじに登場する「玄能(げんのう)」という道具。
以上を踏まえて、自分のことを「鎹」だと言われた亀坊は、母親に玄能で叩かれそうになった昨日の出来事が腑に落ちた、というオチでした。
「子別れ」の豆知識
- 長い噺のため、熊五郎が吉原で遊ぶところまでを「上」、離婚して、再婚でも失敗するところを「中」、亀坊と会って再婚するところが「下」として、3つに分けて演じられることもある。
- 噺を分けた際、「上」は「強飯の女郎買い」「おこわ」「屑屋の遊び」という題で演じられることも。
- 「下」の部分は、「子は鎹」とも呼ばれる。
- そのほかの別題には、「子宝」「逢戻り」などがある。
- 物語に登場する「玄能」は、今ではあまり馴染みのない道具なので、「金槌」に変更されることもある。
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