「この俺が、そんな言葉に騙されて、気持ちが揺らぐとでも思ってんのかい?」
「小猿七之助」のあらすじ

この話の主人公は、船頭の七之助。
すばしっこいことから、仲間内では「小猿」とあだ名される男です。
物語は、芸者遊びをしたお客さんを船で送った彼が、芸者の「お滝」と二人で店に戻るところから始まります。
七つぁん、なんだか雲行きが怪しいねぇ。
こりゃあ、降るかもわかりませんよ。
なんとか、帰るまで持ってくれればいいけど……。
そこへ突然、「ドボン!」という音が鳴り響きます。
なに?どうしたの?
男が橋から飛び込みました!
慌てて、音がした方へ船を進めた七之助。
幸運にも、男の体が水面に浮いてきたので、七之助は腕を掴んで引っ張り上げます。
おい!しっかりしろ!
あれ?ここは?
お、気が付いたか。
お前、橋の上から飛び込んだろ?
……。
こうして会ったのも何かの縁だ。
どうして川に飛び込んだりしたのか、わけを聞かせてくれよ。
女のことか?
いえ、そんな浮いた話じゃないんです。
私は、とある酒問屋の若いもんで、幸吉と申します。

今日は、ツケ払いになっていたお代を、方々から集めて回っていたんですが……その帰りの船で、博打を持ちかけられまして。
出来心で乗ったら、集めた30両を、まるまる取られてしまったんです。
そんな大金、私一人ではどうやっても工面できませんので、死んでお詫びしようと思い、飛び込みました。
何やってんだ!
でも、30両あれば死なずに済むんだな?
ええ、まぁ……。
姐さん、今の話、聞いてましたか?
ええ。
どうか、30両ばかし、この男に貸してやってもらえませんか?
七つぁんに頼み事されるなんて、嬉しいねぇ。
30両で人の命が買えるなら、安いもんさ。
おい、幸吉。よかったな!
姐さんが貸してくれるってよ!
……ありがとうございます。
このご恩、決して忘れません。
よし。それじゃあ、一緒に店まで戻ろうか。
濡れて寒いだろう?
俺の半纏を貸してやるよ。
いいんですか?
あたぼうよ。
互いにちょっと寒い思いをすれば、それで済むんだ。
世の中、自分だけ良ければいいってもんじゃないだろ?
何から何まで、本当にありがとうございます。
ところで、さっきから気になってたんだが……。
その、右手に持ってる布は何だ?
これは……恨み相手の、着物の片袖です。
ん?どういうことだ?
さっきの博打の話に戻るんですが、実は相手はイカサマをしてたんです。
このあたりでは有名なイカサマ師のようで、あとで船頭が教えてくれました。

私は金を取り返そうと、そいつを追いかけたんですが、返り討ちにあってしまって……。
何とかやり返せたのは、この着物の片袖をちぎることだけでした。
そうか……。
そいつの顔は、覚えてるか?
顔どころか、名前も住んでる場所も知ってますよ!
深川の相川町に住んでる、七蔵って男です。
なにっ!?
ご存知ですか?
い、いや。知らないが……俺も相川町に住んでてな。
そんな野郎が同じ町内にいたのかと思って、ムカッときたんだ。
そうでしたか。

ここで一旦、二人の会話は途切れます。
このとき、幸吉は七蔵から受け取った半纏を羽織りつつ、何となく水面に目をやると……。
突然、七蔵に船から突き落とされました。

七つぁん、どうしたの?
幸吉の奴、また飛び込んじまったよ……。
ええ?
でも、さっきまで、金の目処がついて喜んでたじゃないか。
ああいうのは、なに考えてるか、わからねぇな……。
七つぁん、なんだか気味が悪いよ。
はやく帰ろうよ。
そうしましょう……。
また船の上で二人きりになった、七之助とお滝。
周りにはほかに、一隻の船もありません。
ここで七之助は、懐から小刀を取り出すと、お滝のほうへ詰め寄ります。

……!
お前さん、何をしようっていうんだい?
姐さん、気付いてるんだろ?
本当は、俺が幸吉の奴を突き落としたってことにさ。
……。
実はね、奴が話してたイカサマ師。
相川町の七蔵は、俺の親父なんだ。
もう縁を切って、10年以上会ってないが、俺のたった一人の親父には違いねぇ。
姐さんのその綺麗な口から、親父の悪事が漏れちまうと、都合が悪りぃんだ。
そういうことかい。
……わかった。殺しなよ。
惚れた男に殺されるなら、本望だよ。

姐さん、笑わせないでくれよ。
この俺が、そんな言葉に騙されて、気持ちが揺らぐとでも思ってんのかい?
嘘なんかじゃないよ。
私は、前からお前さんのことを、「なんて親切な人」と思ってたんだ。
芸者なんて、浮いた家業をしてりゃあ、まともな世帯を持てるわけでもなし。
でも……もしも……世間と同じように、私も女房になって、一緒に苦労をするなら……。
お前さんみたいな人がいいと、毎日毎日、胸を焦がしてたんだ。
へぇー、そうかい……。
七つぁん、覚えてる?
先月の満月の夜のこと。
今日みたいに、お客さんを船で送った帰りにさ。
「主に漕がして(焦がして)乗る身のつらさ」なんて歌って、お前さんの顔を覗いたとき、にっこり笑ってくれたよね?
私、「やっと想いが通じた」って嬉しくて、その晩は寝られなかったんだよ。
それからも、思いの丈を語り続けたお滝。
ついに七之助は、その話に引きずり込まれ、結局、二人はそのまま船の上で一夜を明かしたのでした。
ー完ー
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「小猿七之助」の豆知識
- このネタは、立川談志が、神田伯龍の講談を落語に練り直したもの。
- 講談ではこの後、幸吉の祟りか、七之助の両親と妹に不幸が降りかかる。
 
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