「どうして、私の頬を打つんだ!」「だって、早く打てって言うから」
「妾馬」のあらすじ

この話の主人公は、裏長屋に住む八五郎。
彼の妹の「お鶴」は、丸の内の「赤井御門守(あかいごもんのかみ)」という殿様に見初められ、妾(めかけ)として屋敷に上がっていました。
そんなある日、八五郎は大家に呼び出されます。
こんちは。
おう、八つぁん。
さあ、上がってくれ。
なんか用かい?
お前の妹の「お鶴」のことなんだがね、大変なことになったよ。
大変なこと?
持ち逃げでもしたのか?
違う違う。
あの子は、「お世とり」を産んだんだ。
ええ⁉︎そりゃ大変だ!
ニワトリを産んだって⁉︎
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ニワトリじゃない、「お世とり」だよ!
「お世とり」って?
男の子を産んだんだ。
へぇー。
それもあってな、殿様がお鶴の兄のお前に会いたがってるそうなんだよ。
ええ?嫌だな。
どうして?
大名に会うなんて、堅っ苦しいからさ。
そう言わずに。
行けばきっと、お目録をくださるぞ。
お目録って?
お金のことだ。
少なくとも、100両はくださるだろうな。
ひゃ、100両も⁉︎
そういうことなら、さっさと行ってくるよ!
待て待て。
そんな格好でお屋敷を訪ねたら失礼だよ。
私の紋付きの羽織と袴を貸してやるから、それを着ていきなさい。
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わかった!
あと、殿様の前では、丁寧な言葉遣いをしなくちゃいけないよ。
言葉の頭に「お」を付けて、しまいには「たてまつる」を付けるんだ。
ああ、「おったてまつる」ね。
わかった、わかった!
……本当に、大丈夫だろうね?
まぁ、万事失礼のないように頼むよ。
屋敷に着いたら、重役の「田中三太夫」というお方を訪ねれば、案内してもらえるから。

こうして八五郎は、大家から衣装を借りて、丸の内の大名屋敷にやってきます。
そして、三太夫に案内され、殿様に目通りをしました。
おもてを上げい。

おい、おもてを上げるんだ!
おもてって?
頭を上げるんだよ!
なんだい、なら始めからそう言ってくれよ。
鶴の兄の八五郎とは、その方であるか?
余は、赤井御門守である。
このたび、鶴が男子を出生いたし、余は満足に思うぞ。
その方も、喜ばしいことであろう?
……?
おい、即答を打て!
え?いいの?
ああ、早く打つんだ!
……わかったよ。

痛いっ!
どうして、私の頬を打つんだ!
だって、早く打てって言うから。
違う!
「即答を打て」とは、殿に対して直々にお答え申すことだ!
それならそうと、始めから言ってくれよ。
さあ、早く殿にお答え申し上げろ!
丁寧に申すのだぞ?
“丁寧”なら、任せてくれ。
おったてまつれば、いいんだから。
おったてまつる……?
えー、お私のお妹様のお鶴様が、お子様をお産みたてまつりまして、誠にめでたくたてまつり候。
三太夫。
八五郎が申すことは、余にはさっぱりわからん。
おい、そちの申すことは、殿にはおわかりにならないそうだ。
そりゃそうでしょう。
言ってるこっちだって、わからないんだから。
これ、八五郎。無礼講といたせ。
その方の朋友に申すごとく、遠慮なく申してみろ。
おい、ありがたきお言葉であるぞ。
え?ありがたい?
「朋友に申すごとく」って、どういうこと?
友達と話すように申せということだ。
なるほどね、そいつはありがてぇ。
あのー、お殿さんね。
実は今朝、大家のでこぼこが……。
これ、何を申すか!
三太夫。控えておれ。
大家なるものが、いかがした?
あっしを呼んで、お鶴が男の子をひり出したって……。
おい、無礼であるぞ!
三太夫。控えておれ。
そうだぞ、三ちゃん。
さ、三ちゃん⁉︎
そうやって、あんたがいちいち口を挟んでたら、俺が殿さんと話せないじゃねえか。
はっはっは、おもしろい男だ。
これ、八五郎。その方は、酒は飲むか?
ええ。
酒は飲むというより、浴びるほうなんで。
左様か。よほど、好物と見えるな。
これ、酒の支度をいたせ。
いいんですかい?
殿さんは太っ腹だねぇ!

……こりゃあ立派な盃だ。
じゃあ、ひとついただきますよ。

うまい!いい酒だねぇ。
……おや?向こうにいるのは、お鶴じゃねえか!
おーい、お鶴!元気か?
これ、殿の側室に向かって、無礼であるぞ!
何言ってやがんでぇ!
妹に久しぶりに会って声をかけることの、どこが無礼なんだ!

おい、お鶴。お前、赤ん坊を産んだんだってなぁ?
おめでとう!おっかあも、喜んでたぜ?
でもな、おっかあは少し寂しそうにもしてんだ。

せっかくの初孫だってのに、こう身分が違うと、気軽に孫の顔を見たくても見られねえからな。
まったく……身分が違うなんてのは、情けねえもんだな。

おい、大将!
これ、殿に向かってそのような……。
よい。三太夫は控えておれ。
お鶴は、俺の大事な妹なんだ。
だから大将も、末長く可愛がっておくんなさい。

……なんだか、しめっぽくなっちまったな。
どうだい、殿公。このへんで、都々逸でも唄おうか!
おい!そのようなこと……
うるせえ!
三ちゃんは控えておれ!
こうして、殿様の前で都々逸を披露した八五郎。
その気さくな振る舞いを気に入った殿様は、彼を武士として取り立てます。
顔が「蟹」にそっくりだということで、八五郎は「岩田杢蔵(いわたもくぞう)源蟹成(みなもとのかになり)」という名を付けられました。

さて、ある日のこと、八五郎は使者の役を言いつけられたので出かけようとすると、馬が用意してあります。

おい、この馬はなんだ?
あなた様の馬でございます。
そりゃいけねぇ。
俺はまだ、3日しか馬の稽古をしてねぇんだ。
ただ、このたびのお使いは遠方でございますので……。
どうしても乗らないといけないの?
ええ。
仕方ないなぁ。
そう言って、馬に跨った八五郎。
軽く鞭を入れると、すぐに馬は駆け出し、止まらなくなってしまいました。
おーい、岩田氏。いずれへおいでになる?
そんなこと……
「馬に聞いてくれ!」
ー完ー
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「妾馬」のオチ(サゲ)
八五郎が武士に取り立てられた後の「馬」のくだりは、やや蛇足感があるため、最後まで演じられることは少ないです。
たいていは、殿様との対面のシーンまで演じて、「これから八五郎が出世をいたします」とサゲるのですが、これだと馬が出てこないため「妾馬」という題の意味がわかりません。
そこで、途中で切る場合には、「八五郎出世」という題でよく演じられます。
「妾馬」の豆知識
- 「妾馬」の読み方は、「めかうま」もしくは「めかんま」。
- 別題は、「妾の馬」「八五郎出世」。
- 原話は、『軽口あられ酒』という本の「馬に乗りつけぬ医者」だとされる。
- 六代目 三遊亭圓生・五代目 古今亭志ん生・古今亭志ん朝が得意とした。
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まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
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- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
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そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
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