「おとっつぁん!半七でございます!開けてください!」
「おっかさん!帰りが遅くなってすみません!開けてください!」
「宮戸川(みやとがわ)」のあらすじ

話の主人公は、小網町(今の茅場町駅の北あたり)にある商家の若旦那の「半七」。
彼はこの日、趣味の将棋に熱中し過ぎて、家に帰るのがずいぶん遅くなってしまいました。
おとっつぁん!半七でございます!
開けてください!
こうして閉め出しを食らった半七。
その向かいの家では、娘の「お花」がカルタに夢中になったせいで帰宅が遅れ、同じく家に入れてもらえずにいました。
おっかさん!帰りが遅くなってすみません!
開けてください!
……おや?
そこに居るのは、お花さんですね?
あら、半七さん。こんばんは。
どうなすったの?
あなたと同じように、閉め出しを食らったんです。
それはお気の毒さま。
これから、どうなさいますの?
今晩は入れてもらえそうにありませんので、霊岸島(茅場町駅の東あたり)の伯父さんのとこへ行こうと思ってるんです。
まぁ。お近くに伯父さんがいて、いいわね。
私の伯父は、ちょっと遠いの。
ほう。どちらなんです?
肥後の熊本。
そりゃあ、遠いですね。
ねぇ、半七さん。
私も、あなたの伯父さんのとこに泊めてもらえないかしら?
冗談言っちゃいけません。
うちの伯父さんは、人呼んで「おいそれ」の伯父さんなんですから。
おいそれ?
「おい」と言うか言わないかのうちに、「それっ!」っと動き出しちゃうんです。
早飲み込みの決め込み屋なんで、あたしがお花さんと一緒に行ったら、なんて思われるか……。
いいじゃないの。
私たちは何でもないんだから!
半七が断るのも聞かず、結局、お花は霊岸島の伯父さんの家まで付いてきてしまいます。

おじさーん。こんばんはー。
おや、半七じゃないか。
……ん?娘さんも一緒なのか?
あの……おじさん、この子は……。
わかってる、わかってる。みなまで言うな。
い、いや……。
さあさあ、二人とも中に入りなさい。
こうして、家の中に案内された半七とお花。
あの、おじさん。勘違いしないでくださいよ?
この子は、来ちゃいけないって言ってるのに、勝手に付いてきたんです。
言い訳などしなくていい。
俺はそこまで野暮じゃねえよ。
だから……!
お嬢さん。私は半七の伯父でございます。
どうぞ、この半七をよろしくお願いします。
い、いえ……。
こんなに遅くにお邪魔しまして……。
いやいや、一向に構いませんよ。
2階にお部屋がございますんで、どうぞ、そこの階段から上がってください。
……ありがとうございます。
おい、半七。案内してやれ。
いや、俺は1階で寝るよ……。
なに怖気付いてんだ!
さあ、早く上がれ上がれ!
背中を押されるように、2階に上がってきた半七とお花。
仕方がないので、その部屋で二人とも寝ることにしましたが、戸棚を開けると布団が1組しかありません。

お花さんは、この布団で寝てください。
半七さんは、どうするの?
一晩くらい、起きてることにします。
寝ないと体に毒ですよ?
こうなったのも私のせいですから、私が起きてます。
そうはいきませんよ!
でも……。
……じゃあ、こうしましょう。
布団の真ん中に帯を置くので、あなたは左半分で寝なさい。
あたしは右半分で寝ます。
こうして、1つの布団で背中合わせになって寝始めた二人。
しかし、お互いになんだか胸騒ぎがして、なかなか寝付けません。
そんな中、外ではにわか雨が降り始めます。
雨足はどんどん強くなり、ついには雷まで鳴り始めました。
凄い音がしてきましたね……。
そうですね……。
……きゃー!!
近くに雷が落ち、大きな音が鳴り響いたので、お花は思わず半七に抱きつきました。
すると、お花の髪の油と白粉(おしろい)の甘い匂いが、半七の鼻へと香ります。
我を忘れた半七は、お花の体を強く引き寄せて……。
それから二人は、良い夢を見たとか。

さて、その翌朝。
半七は伯父さんに、「お花と夫婦にしてください」と頼みます。
伯父さんはこれを快く引き受け、2人の家まで走って、話をつけてきてくれました。
◆
こうして、晴れて夫婦になれた半七とお花。
伯父さんに世話してもらって店を開き、小僧の定吉を雇って、睦まじく暮らし始めます。

それから少し経った、ある夏の日のこと。
お花は用があって、定吉を連れて浅草まで来たのですが、帰りに雨に降られ、雷門のところで雨宿りをすることに。
しかし、雨は一向にやみそうにないので、定吉が家から傘を取ってくることになりました。
◆
こうして、一人で雷門に残されたお花。
定吉の帰りを寂しく待っていると、近くで落雷がありました。
そのあまりに大きな音に、彼女は気を失ってしまいます。
そこへ、汚いなりをした3人の男が通りかかりました。
凄い音がしたな?
ああ。ずいぶん近くに落ちたんじゃねえか?
おい、あれを見ろ!
女の人が倒れてるぞ?
気になって、お花のところに駆けつけた3人。
きっと、さっきの雷の音に驚いて、気を失っちまったんだ。
気の毒にな。
俺たちで、助けてやろうじゃねえか。
男の1人がお花を抱き上げると、大変な美人であることに気が付きます。
そこで変な気を起こした3人は、彼女をさらってしまいました。
◆
それからしばらく経って、やっと定吉が帰ってきます。
あれ?おかみさんがいないや。
おーい、おかみさーん!どこですかー?
定吉がいくら探しても、お花は見つかりません。
焦った定吉は、家に帰って半七に報告。
それからは、近所の人たちが総出になって捜索しましたが、彼女の姿はどこにもありませんでした。
◆
その後、何日経っても、家に帰ってこないお花。
やがて半七は、彼女は亡くなってしまったのだと悟り、葬式を挙げました。

お花がいなくなってから1年後。
出先で用事を済ませた半七は、あまりに暑いので船に乗って家に帰ることにしました。
すると、その船に付けられた船頭に、仲間の男が話しかけてきます。
おう、ちょっと待ってくれ。
なんだよ?
俺も乗せてってくれよ。
ダメだよ。そこの旦那を乗せてるんだから。
いいよ、あなたも乗りなさい。
旦那、いいんですか?
ああ。これから船で酒でも飲もうかと思ってたんだ。
一人で飲むより、相手がいた方がいいや。
へえ。ありがとうございます。
さ、ひとつ飲みなさい。
これは、これは。
旦那もどうぞ。
ありがとう。

それにしても、旦那は器量も身なりもいいから、女に惚れられるでしょう?
いやいや。私のような野暮な男には、女は寄って来ませんよ。
それより、あなたたち船頭みたいな、粋な家業のほうが惚れられるでしょう?
いやぁ、そうでもないですよ。
何か酒のつまみになるような、惚気話でもあるかい?
大して面白い話はありませんが……。
去年の今頃だったかな?
俺と、あそこにいる船頭と、もう一人の友達の3人連れで、雨が降るなか浅草のあたりを歩いてたんですよ。
おい、つまらない話をするなよ!
いいじゃねえか!
でね、雷門のところを通りかかると、綺麗な女の人が倒れてたんです。
ほう。
あまりに良い女なんで、ちょいとイタズラしてやろうってことになりましてね。
人気のないところまで担いでったんですが、いざってときに女は気が付きまして……。
あっしの顔を見て、「亀かい?」と言ったんです。
亀?
「亀」は、あっしの名です。
実はその女は、あっしたちもお世話になってる船宿の娘の「お花」って子でして、顔なじみだったんですよ。
……そうか。
そんな娘を「人気のないとこに連れて行って、イタズラしようとしてた」なんて知れたら、あっしたちの首が飛びます。
なんで、可哀想でしたが、女の口を手拭いで縛って、川の中に放り込んじまいました。
……これは、面白い話を聞いたよ。
さあ、もう一杯どうぞ。
へえ、ありがとうございます。
ここで半七は、盃を差し出した男の手首を強く掴みます。
これで様子が、からりと知れた。
へ?
お花は、私の女房だ。
良いところで会ったな。
◆
旦那さま!旦那さま!
……ん?
うなされていましたが、どうなさいました?
ああ、定吉か。
どうやら、夢を見ていたようだ。
左様でございますか。
お前は、ここで何をしてるんだ?
今、おかみさんのお供で浅草まで参っていたのですが……。
にわか雨が降ってきましたので、傘を取りに帰ってきたんです。
ああ、そうだったか。
「夢は小僧の遣いだな」
ー完ー
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「宮戸川」のオチ(サゲ)
最後の半七のセリフにある「夢は小僧の遣い」は、「夢は五臓の疲れ」ということわざに掛かってます。
この「夢は五臓の疲れ」は、「夢は五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)が疲れているから見るものだ」という意味。
これと「定吉が傘を取りに帰ってくる」という、「小僧の遣い」が掛かっているというオチでした。
◆
なお、このネタは最後まで演じると長いため、「半七とお花が一夜をともに過ごす」シーンあたりでサゲられることが多いです。
その場合には、二人の一夜を詳しく描写するのではなく、いいところで「ここでお時間です」と終わります。
そして、ここでサゲた場合には、「お花半七馴れ初め」「お花半七」といった題になります。
「宮戸川」の題の由来
あらすじの最後で、酒を飲みながら「亀」の話を聞いていた半七は、聞き終わると彼の手首を掴み、「これで様子が、からりと知れた」と言い放ちます。
高座ではここから三味線が流れ、芝居のような演出がされるのですが、その部分のセリフに、ネタの題になっている「宮戸川」という言葉が登場します。
そこのセリフの流れは、以下の通りです。
—
半「これで様子が、からりと知れた」
半「去年六月十七日。女房お花が観音へ、参る下向の道すがら、にわかに降り出す篠突く雨」
半「しばし駆け込む雷門。二十歳の上が二つ三つ、溢れかかった愛嬌に、気が差したのが運の尽き」
半「丁稚の知らせに折よくも、そこやここぞと訪ねしが、未だに行方の知れぬのは」
半「知れぬも道理よ、多田薬師の石置き場、のちの憂いが恐ろしく、不憫と思えど宮戸川。どんぶりやった水煙り」
半「さてはその日の悪者は、汝らであったか?」
亀「亭主というのは、うぬであったか?」
半「はて、良いところで……」
亀「悪いところで……」
半・亀「会ったよなぁ」(ここで半七が夢から覚める)
—
なお、宮戸川というのは、隅田川の「浅草周辺」の流域を指した旧称。
夢の中でお花は、この宮戸川に放り込まれてしまったようです。
「宮戸川」の豆知識
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まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
- 関智一:スネ夫(ドラえもん)etc.
- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
- 山口勝平:ウソップ(ONE PIECE)etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
落語に少しでも興味があれば、ハマること間違いなしですので、ぜひ観てみてください!
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—
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