「花魁が部屋に入ってきて、俺の顔を見た途端、『きゃー!』と叫んで、逃げちまったんだ」
「お茶汲み」のあらすじ

話は、熊五郎と八五郎がお喋りをしているところから始まります。
八つぁん、ちょっと聞いてもらいたい話があるんだよ。
なんだ?
昨日ね、俺は吉原に遊びに行ったんだ。
それで、若い衆に声をかけられて、店に上がったんだけどな……
花魁が部屋に入ってきて、俺の顔を見た途端、「きゃー!」と叫んで、逃げちまった。
ええ?
たしかにお前は、まずい顔をしてるが、悲鳴を上げるほどじゃねぇだろう。
そうだろ?
で、しばらくすると、花魁が「さっきは、ごめんなさいね」って帰ってきた。
だから、「何があったんだ?」と聞いたら、「実は、ちょっとした訳があるの……」と身の上話を始めたんだよ。
ほう。面白くなってきたね。
花魁が言うには、彼女はもともと静岡に住んでたんだけど、「清三郎」って男といい仲になって、東京に駆け落ちしてきたんだと。
でも、二人とも金がない。
そこで、商売の元手を作るために、彼女は吉原で働き出したんだそうだ。
ふむふむ。
でね、はじめこそ、男からは毎日のように手紙が来てたんだが、半年もすると、ぷっつり途切れちまった。
花魁は吉原から出られないから、代わりに人に様子を見てきてもらうと、男は重い病に伏していたそうだ。
そいつは、大変だね。
花魁はすぐに駆けつけたくても、それができない籠の鳥。
病が治るよう、一生懸命に祈ったんだが、あえなく男は死んじまった。
なんだか、劇みたいな話じゃねえか。
でね、俺の顔がその清三郎さんと、そっくりだったみたいなんだよ。
だから花魁は、部屋に入ってきたとき、「死んだ清さんがいる」と勘違いして、驚いて逃げちゃったらしい。
そんなに似てたのかい?
花魁は「似てるなんてもんじゃない。瓜二つというよりは、割らずにそのまんまだ」って言ってたよ。
へぇー。
なんだかお前、色男みたいになってきたね?
だろ?
それから花魁は、「あの人に似てるというのも、何かの縁。もしお前さんが嫌じゃなかったら、これからも私のとこに通っておくれよ」ときた。
俺もその気になっちゃって、「できるだけ通うよ」って言ったら、花魁、なんて言ったと思う?
「嬉しい。もし通って、私のことを気に入ってくれたら……来年の3月に年季(ねん)が明けるから、私と一緒になっておくれでないかい」だとよ!
よっ!色男!
俺はもちろん、「そりゃ、お前がいいってんなら、俺もいいよ」と言ってやったら、今度は花魁、泣き始めたよ。
嬉しくてか?
いや。花魁が言うには、「私が世帯じみて老けちゃったら、お前さんは私を捨てて、若い女とくっつくんじゃないか」と今から不安で、涙が出るらしい。
だから俺は「大丈夫だよ」って慰めてたんだけどな、ふと花魁の顔を覗くと、目のわきにホクロがあるんだよ。

お、泣きボクロかい?
色っぽいじゃねえか。
俺もはじめはそう思ったんだけどさ。
よくよく考えると、さっきまではホクロなんて無かったんだよ。
は?
ホクロは、そんないきなり出てくるもんじゃねえだろ。
でね、それからよく花魁のことを見てたら、わきに置いた茶碗に指を突っ込んで、目元を擦ってんだよ。

じゃあ、花魁の涙は嘘で、本当はお茶だったのかい?
そうなんだよ。
目のわき付いてたのは、ホクロじゃなくて、茶殻。
ははは、そりゃひでえな!
だろ?
俺はよっぽど、「顔に茶殻が付いてるぜ」と言ってやろうと思ったんだけどよ……
花魁はこれから俺を通わせようと、いい扱いをしてくれるから、結局、一晩中ダマされてやったんだ。
なるほどね。
で、お前はこれからも、その花魁のとこに通うのかい?
冗談言うなよ。
あの茶殻を見たら、なんだか冷めちまったよ。
なら、俺がその花魁のとこに行ってもいいかい?
今度は、俺が花魁を騙して、仕返ししてやるよ。
そりゃいいな。
その花魁は「田毎(たごと)」って名前で、「安大黒」って店にいるよ。

というわけで、その日の夜、さっそく八五郎は安大黒にやって来て、田毎を指名します。
そして花魁が部屋に入ってきた途端、彼女より先に叫びました。

お前さん、どうしたの?
え、あ……そうか……。
大丈夫?
ああ、大丈夫だ……。
何があったっていうの?
花魁、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?
ええ。どんな話?
俺はもともと静岡にいたんだが、若気のいたりで「お清」っていう娘といい仲になって、東京に駆け落ちしてきたんだ。
……ふーん。それで?
二人とも金がなくってねぇ……。
つい俺が「元手さえあれば、商売でも始められるんだが……」とこぼしたら、お清は「じゃあ、私が吉原で働いてこさえてやるよ」って言い出したんだよ。
俺は止めたんだが、「私に任せときな」って、結局、吉原で働くようになった。
あら、そうなの。
で、はじめのうちは毎日のように手紙のやり取りをしてたんだが……半年もしたら、ぱったり途絶えちまった。
俺は、ほかに男ができたんだと思って、人をやって様子を見させたら、お清は重い病に伏せててねぇ……。
それからすぐに、死んじまったんだ。
それは、お気の毒だったわね。
俺にとって、お清は初めての女。
忘れようにも忘れられねえ。
そんなとこに、仲間から「お清によく似た花魁がいるよ」と教えられたものだから、思わずここに来ちまったってわけだ。
そう。
私が、そのお清さんに似てるっていうの?
似てるなんてもんじゃねぇ。
瓜二つというよりは、割らずにそのまんまだ。
だから、俺はさっき叫んじまったんだよ。
へぇー。
なあ、花魁。
あんたが、死んだお清にそっくりなのも、何かの縁だ。
これから、お前のとこに通いたいんだが、俺みたいな男でも相手にしてくれるかい?
……ふふふ。
水くさいこと言わないでよ。
ぜひ通ってちょうだい。
ありがてえ。
今では商売もなかなか上手くいってるから、一生懸命に通うよ。
じゃあ、もし通って、私のことを気に入ってくれたら……
来年の3月に年季が明けたとき、私と一緒になってくれる?
おい、本当かい?
泣けてくるねぇ。

でも、お前みたいな綺麗な女と一緒になったら、近所の若い男に取られないか心配に……
あれ、花魁!どこ行くんだよ?
ちょっと待ってなよ。
そろそろ使うだろうから……
「お茶を汲んできてあげる」
ー完ー
「お茶汲み」の豆知識
- 別題は、「茶汲み」「涙の茶」「女郎の茶」「黒玉つぶし」。
- 原話は、『軽口五色帋(かるくちごしきがみ)』という本に収められている「墨ぬり」という話。「墨ぬり」の元ネタは、「墨塗」という同題の狂言だとされる。
- このネタは、五代目 古今亭志ん生と三代目 古今亭志ん朝が得意とした。
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この作品は、雲田はるこさん原作のマンガをアニメ化したものなのですが、落語の魅力が「これでもか!」というほど、たっぷり詰まっています。
まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
- 関智一:スネ夫(ドラえもん)etc.
- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
- 山口勝平:ウソップ(ONE PIECE)etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
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