「断るなら、死人を連れてきて、カンカンノウを踊らせてやる!」
「らくだ」のあらすじ

話の舞台は、町内の嫌われ者である「らくだ」というあだ名の男の家。
そこへ、兄貴分の「半次」が訪れるところから、物語は始まります。
おう、らくだ!いるか?

……ん?なんだ、寝てるのか。
おい!起きろ!
そう言って、らくだを揺すぶって起こそうとすると、身体が冷たくなっていることに気づいた半次。
よく見ると、床には食べかけのフグが転がっています。
お前まさか、フグに当たって死んじまったのか?
こりゃ、大変なことになりやがったな。
そのとき、外から屑屋の久六の声が聞こえてきます。
江戸時代の廃品回収業者。家を回って、紙屑や骨董品、古着などの不用品を買い取り、それを専門の問屋へ売ることで生計を立てていた。
くずやー、お払ーい!
おーい!
へーい!
……って、あそこは、らくだの家じゃねえか。
俺はあいつが大嫌いなんだよ。
おーい!屑屋ー!
あれ?
でも、あそこで呼んでるのは、らくだじゃないね?
屑屋ー!早くしろー!
へい。お待たせしました。
呼んだら、早くきやがれ。
すみません。
あの……ここは、らくださんの家ですよね?
ああ、そうだ。
らくださんは……?
死んだ。
へ?
らくだは、死んだよ。
あそこで転がってるだろ?

たしかに、あそこで寝てるのは、らくださんのようですが……。
本当に死んでるんですか?
ああ。フグに当たったらしい。
それは、ご愁傷様でございます。
それで、あなたは……?
“丁の目”の「半次」ってんだ。
はあ。
俺はらくだの兄貴分でね。
野郎がこんなんなっちまったんで、葬式の真似事くらいしてやりてえんだ。
そうですか。
だが、俺は博打でスっちまって、金がねえ。
だからお前、この家にあるものを買い取ってくれねえか?
ああ、それはダメです。
この家には前から出入りしてるんですが、めぼしいものは、全部引き取ってしまいましたんで。
なに?
このドンブリは?

それは傷だらけで、使い物にならないんです。
こっちの土瓶は?
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底が抜けてます。
じゃあ、フグの食べ残しを買い取れ!
冗談言わないでくださいよ!
ちっ、仕方ねえなぁ。
そしたらお前、月番の家に行ってこい。
長屋の住人が担当する、当番制の仕事のこと。その月の当番は、共用部分の掃除をしたり、祝儀・不祝儀の集金をしたりした。
それで、そいつに「らくだが死んだから、香典を集めてこい」と伝えろ。
嫌ですよ!
あっしはこれから、商売に行かなくちゃいけないんですから。
なんだと?
俺が優しく言ってやってるうちに行かないと……どうなるか、わかるな?
……行って来ます!

こうして屑屋は、月番の家へとやってきました。
こんちは。
おや、屑屋の久六じゃないか。
今は屑はないよ?
いえ、今日は、らくださんのことで……。
らくだぁ?
あんな奴の話なんて、聞きたくねえよ!
それが、死んじゃったんです。
らくだが?
ええ。
そりゃ、めでてえな!
よし、長屋のみんなを集めて、お祝いしよう!
それで今、らくださんの家に、兄貴分だっていう“丁の目”の「半次」って人が来てるんですが……。
その人が「月番に香典を集めさせてこい!」って……。
なんだと?冗談言っちゃいけねえよ!
らくだは、長屋の鼻つまみ者なんだ。
誰もあいつに香典なんて、払わねえよ!
でも、その半次さんってのが、おっかない顔してまして……。
言うことを聞かないと、大変なことになりそうなんです。
そんなに怖い顔してるのかい?
はい。
……わかった。
今日は、らくだが死んでめでたいからって、赤飯を炊く家もあるだろう。
その赤飯の代金を、なんとか香典に回してもらえないか、みんなに話をしてやるよ。
ありがとうございます!

戻りました。
おう、どうだった?
月番さん、香典を集めてくれるそうです。
それは、ありがてえな。
じゃあ、そういうことで……。
ついでに、もう一つ頼みたいことがあるんだ。
ええ?
今度は、大家のとこに行ってきてくれ。
なんでですか?
大家といえば、親も同然。店子といえば、子も同様。
「親子の間柄なんだから、らくだの通夜のために、いい酒と煮しめを持ってこい」と伝えろ。
いや、無理ですよ!
だいたい、ここの大家はケチで有名なんですから!
大丈夫だ。
俺に秘策がある。
なんです、秘策って?
もし断られたら、「お前の家に死人を連れてきて、カンカンノウを踊らせてやる」と脅すんだ。
江戸時代から明治にかけて流行した、中国風の歌と踊り。
ええっ!?
さあ、行ってこい!
で、でも……。
俺が優しく言ってるうちに……
わかりましたよ!行ってきますよ!

こうして、今度は大家の家を訪ねた屑屋。
ごめんください。
おや、屑屋の久六さんかい。
屑なら、今はないよ。
いや、今日は商売じゃなくて、らくださんのことで……。
おい、嫌な奴の名前を出すなよ。
実は、らくださんが死んだんです。
本当か?どうして?
フグに当たったんです。
それは、でかした!
フグもよく当てたよ!
それで今、らくださんの家に、兄貴分だっていう、“丁の目”の「半次」って人が来てるんですが……。
なに?らくだの兄貴分?
どうせ、ロクな奴じゃないだろ?
ええ、まあ。
で、その人が、「大家といえば、親も同然。店子といえば、子も同様。親子の間柄なんだから、らくだの通夜のために、いい酒と煮しめを持ってこい」って……。
私とらくだが親子?
バカ言っちゃいけないよ。
あいつは、この長屋に来てから、一度も家賃を払ってないんだよ?
じゃあ、お通夜のご用意は……。
しないよ!
その兄貴分にも、そう伝えといてくれ!
あの、あんまし逆らわないほうが……。
どうしてだ?
その兄貴分は、「断るなら、死人を連れてきて、カンカンノウを踊らせてやる」って言ってるんですよ。
はっはっは、面白いじゃないか!
死人のカンカンノウなんて見たことないから、ぜひ見せてほしいよ!
ほら、帰った帰った!

戻りました……。
どうだった?
ダメでした。
なにぃ?
カンカンノウのことは言ったのか?
はい。
「面白そうだから、見せてみろ」って、言ってました。
よし、わかった!
おい、屑屋。お前、らくだの死体を背負え!
ええっ⁉︎
嫌ですよ!!
俺が優しく言ってるうちに……
もー!わかりましたよ!!
向こうに着いたら、お前はカンカンノウを歌え。
俺がそれに合わせて、死体を踊らせる。
こうして、らくだの死体と一緒に大家の家を訪ねた屑屋と半次。

屑屋が歌うなか、半次は死体の骨をボキボキさせながら、踊らせます。
うわー!!勘弁しとくれ!!
なんでも持ってってやるから!
言ったことを忘れんなよ?
よし、屑屋。引き上げるぞ。
へい。
こうして、屑屋と半次は、再びらくだの家に戻ってきました。

よし、死体はそのへんに転がしとけ。
へい。
で、もう一つ頼みたいんだが……。
今度はどこですか?
八百屋に行って、死体を運ぶときに入れる「桶」を借りてきてほしいんだ。
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もし、断られたら……。
カンカンノウですね?
わかってきたじゃねえか。
じゃあ、行ってきます。

おう、屑屋!
らくだが死んだんだって?
あれ、知ってるんですか?
今、近所で噂になってるよ。
で、なにか用かい?
実は、らくださんの死体を入れるための桶を貸してもらいたいんです。
嫌だよ!
あいつは、うちから野菜を持っていくくせに、一度だって代金を払ったことがないんだ!
そう言わずに、お願いしますよ!
使い終わったら、洗って返しますんで。
もっと嫌だよ!
じゃあ、断るんですか?
そのとおりだ。さっさと帰んな。
そう言って、さっき大家さんは、大変なことになりましたよ?
大変なことって?
家に死体がやってきて、カンカンノウを踊ったんです。
えっ……それは、本当か?
本当です。
……わかった。
そこに転がってる、漬け物用の桶なら要らねえから、好きなのを持っていきな。
ありがとうございます。
あと、担ぐための天秤棒と縄も……。
ああ、適当に持ってっていいよ。

戻りました!
おう、どうだった?
死体を入れる桶と、担ぐ時に使う天秤棒と縄ももらってきました。
でかした。
お前のおかげで、無事に葬式の準備が整ったよ。
ありがとな。
いえいえ。
じゃあ、あっしはこれで……。
ちょっと待て。
お前が行ってる間に、大家から酒と煮しめが届いたんだ。

一杯飲んでいけよ。
でも、あっしは、これから商売しなくちゃいけないんで……。
いいじゃねえか、一杯くらい。
でも……。
俺が優しく言ってるうちに……
わかりましたよ!いただきます!
半次が湯呑みになみなみと酒を注ぐと、屑屋はそれを一気に飲み干します。

おっ!いい飲みっぷりしてやがんな。
お前、酒好きだろ?
ええ、実は……。
よし、もう一杯飲め!
いや、もう大丈夫です。
いいから、いいから!
そう言って、再びなみなみと注がれた酒を、屑屋はまた一気に飲み干しました。

いいねぇ!
その飲みっぷり、気に入った!
もう一杯飲め!
いや、もうさすがに……。
いいじゃねえか!
駆けつけ3杯っていうだろ?
こうして、3杯目も飲み干した屑屋。

あー……それにしても、いい酒ですね。
そうだな。
しみったれの大家が、こんな酒を持ってくるなんてねぇ。
あの、お煮しめもいただいてよろしいですか?
おう、どんどんやってくれ。
ありがとうございます。
お酒のほうも……。
……ほらよ。
あれ?親方!
湯呑みに半分しか入ってませんよ?
さっきみたいに、なみなみでお願いしますよ!
仕方ねえなぁ……。
それにしても、あんたは偉い!
人の世話なんて、なかなかできるものじゃないよ。

金があって、世話をするのは当たり前。
でも、あんたは金がないのに、とうとう葬式の準備を整えちまった。
あたしゃ、本当に偉いと思ったよ。
そりゃ、どうも。
……おい、酒が切れたよ?
早く注ぎな。
もう、そのへんにしときなよ。
商いがあるんだろ?
おいおい、みくびるんじゃねえぞ。
俺は一日働かないくらいで困るような、しみったれな屑屋じゃねえんだ!
さっさと注ぎやがれ!
仕方ねえなぁ。

あー、いい酒だ。
だが、肴が良くねえな。
田舎もんじゃあるめえし、イモの煮しめなんかで、酒が飲めるかよ!
おい!
ん?
お前、魚屋に行って、マグロの刺身でも貰ってこい!

貰ってこいったって、くれるかね?
ぐずぐず言ってやがったら、カンカンノウを踊らせろ!
よし、行ってこよう。
こうして、ベロベロになるまで飲んだ屑屋と半次。
気付くと、すっかり日も暮れていました。

おい、半の字!
隣からカミソリ借りてこい!
なんで?
らくだの頭を剃って、仏様にしてやるんだよ!
なるほど。
でも、よそ者の俺が行って貸してくれるかな?
何をぐずぐず言ってやがんだ!
俺が優しく言ってるうちに……。
わかったよ!行ってくるよ!
半次はすぐに隣の家を訪ね、カミソリを借りてきました。
二人は、それを使って死体の頭を雑に剃ってから、八百屋で貰ってきた桶に詰め込みます。
よし、できた。
アニキ、これをどこに持っていきます?
落合の火屋(火葬場)に、安公って友達がいるんだ。
そいつに頼んで焼いてもらおう。
わかりやした。
こうして泥酔状態のまま、死体の入った桶を担いで出発した二人。
千鳥足なので何度も転びながらも、やっとのことで落合の火屋に到着しました。

おーう、安っさーん!
お、屑屋の久さんじゃねえか!
今、一杯やってたんだよ。
一緒に飲まねえか?
その前に、ちょっと焼いてもらいたいんだよ。
いいよ。誰を焼くんだ?
この桶の中に入ってる人。
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……ん?誰も入ってないぞ?
ええ?
……ああ、本当だ。
たぶん、来る途中で転んだときに、落としちゃったんだ。
おい!探しにいくぞ。
へい。
屑屋と半次が急いで来た道を戻ると、坊主頭の男が道に転がっていました。

しかし、実はこの男は、らくだではなく、どこかの坊主が酔っ払って寝ていただけ。
泥酔している二人はそうとは気付かず、その人を桶に詰め込みます。
うーん……。
なにを唸ってるんだ?
なにしてる?
お前を火屋に連れてくんだよ。
なんで?
お前を焼くんだ。
そんなの、やだよ。
死んだくせに、生意気言うな!
◆
よし、やっと着いた。
おーい、安っさん!
こいつをどうすればいい?
そこの火の中にぶち込め!
よしきた!
こうして、生きたまま火の中に放り込まれた坊主は、熱くて桶から飛び出してきました。

あちちっ!
おい、ここはどこだ?
落合の火屋だよ。
ヒヤ?
「冷酒でいいから、もう一杯」
ー完ー
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