「あのぅ……できたら、昨日のとかじゃなくて、撃ってすぐの猪がいいんです」
「猪買い」のあらすじ

話は、八五郎がご隠居の家を訪ねるところから始まります。
こんちは。
やあ、八つぁん。
おや、どうしたんだ?
顔色が悪いじゃないか。
実はこの頃、腰のあたりが張って……。
寒い日なんかは、特に辛いんですよ。
それは、冷えの病だね。
重くなると、腰が抜けて立てなくなるよ。
ええ?嫌だなぁ。
どうすれば、治せますかね?
昔から、冷えの病には猪の肉が効くと言うな。
そうなんですか!
そしたら、さっそく店で食べてきます!
待て待て。
薬として食べるなら、捕れてすぐの猪のほうがいいそうだぞ。
へぇー。
で、捕れたてホヤホヤの猪は、どこに行ったら手に入るんです?
江戸の近くだと、秩父だな。
わかりました!
それじゃあ、さっそく行ってきます!
待て待て。
秩父まで行くには、どれほど急いだって、まる一日はかかる。
出発は、明日の早朝にしたほうがいいだろう。
そうですか。
それでな、秩父には「六太夫」っていう鉄砲の名人がいる。
その方に頼めば、いくらか猪の肉を譲ってもらえるだろう。
どれくらいの量、貰ってくればいいですかね?
まあ、500匁もあれば十分だ。
ついでに、私にも300匁ほど買ってきておくれ。
江戸時代に用いられた重さの単位。「1匁=3.75g」なので、800匁だと3kg。
どうせお前は、猪を買う金なんて持ってないだろ?
お代は、この財布から払いなさい。
お、ご隠居。気前がいいね。
それじゃあ、気をつけて行ってくるんだよ。

さて、その翌日。
八五郎はご隠居に言われたとおり、早起きをして秩父を目指します。
◆
旅の一日目は、道中の大宮で宿泊。
そして次の日、ついに秩父に辿り着きます。

八五郎は地元の人に聞いて、六太夫の家をつきとめました。
ごめんください。
はいはい。どなたかな?
あっしは、八五郎と申します。
猪の肉を分けてもらいたくて、江戸からここまで来ました。
それは、はるばるご苦労様。
猪なら、ちょうど昨日撃ったのがあるんで、好きなだけ持っていって結構ですよ。
あのぅ……できたら、昨日のとかじゃなくて、撃ってすぐの猪がいいんです。
そうですか。量はいかほど?
800匁くらい……。
勘弁してください。
たったそれだけために、わざわざ山まで猪を撃ちには行けませんよ。
そこをどうにか、お願いしますよ。
六太夫といやぁ、江戸まで名を轟かす鉄砲の名人だ。
その名人が猪を仕留めるところを、目の前で見てみたいんです。
わかりました。すぐに山へ向かいましょう。
え、いいんですかい?
江戸の方にそこまで言われて、ぐずぐず言ってたら名が折れます。
おい、シロ!
先に行って、猪を追い出してこい!
六太夫は愛犬にそう声をかけると、鉄砲を取り出し、狩りの準備を整えます。

こうして山に入った二人は、切り立つ崖の上までやってきました。
六太夫さん、下に川が流れてますね。
ええ。シロに追い出された猪は、あそこに水を飲みに来ますよ。
……ほら、さっそく出てきた!
おお!ずいぶん大きな猪だねぇ。
おや?もう一匹出てきたよ。
あの二匹は夫婦ですかい?
まぁ、オスとメスではありますね。
どちらを撃ちましょう?
どっちも!
そうはいきませんよ。
一匹撃ったら、銃声でもう一匹は逃げちまう。
そうかぁ……。
オスとメスじゃあ、どっちのほうが美味いんです?
メスの肉のほうが柔らかいですよ。
そうかぁ……。
でも、大きいほうがオスなんでしょ?
売るなら、オスを撃ったほうが儲かりそうだ。
まぁ、それはそうですね。
で、どっちを撃ちます?
そうだなぁ……。
ときに六太夫さん、この辺に地酒はあるんですか?
猪を肴に酒を飲んだら、美味いだろうなぁ。
ちょっと、そんなにダラダラ喋ってたら、そのうち猪は逃げますよ!
さぁ、オスとメス、どっちにします?
そうだなぁ……。
どっち?
うーん……。

ここで痺れを切らした六太夫は、八五郎の返事を待たずに、引き金を引きました。
やあ、驚いたねぇ。
とんでもなく大きな音がしたよ。
お、猪の奴、ひっくり返ってるじゃねえか。
どうやら、仕留められたようです。
でも、メスのほうだけだね?
オスは驚いて逃げちまったんだ。薄情な奴め。

もう下に降りても大丈夫ですか?
ええ。いいですよ。
二人は、倒れている猪のところまで降りてきます。
近くで見ると、やっぱり大きいねぇ。
で、六太夫さん。
これは、本当に新しい猪ですか?
いやいや、あなたも撃ったところを見てたでしょう?
実は、撃った瞬間、目を瞑っちゃったんですよ。
あっしが見てない間に、あんたの犬が、猪を古いのと取り替えたりしてませんか?
犬にそんなことできるわけないじゃないですか!
そうかなぁ?
ねぇ、六太夫さん、これは本当に新しい猪ですか?
こんなことを話していると、突然、猪が起き上がって、森の中へ逃げて行ってしまいました。

実はこの猪、弾が当たったのではなく、鉄砲の大きな音に驚いて、気を失っていただけだったのです。
森へ消えていく猪の姿を見て、にっこり笑った六太夫。
ほら、今のを見ましたか?
「ああやって元気に走れるほど、新しい猪です」
ー完ー
おすすめの音源
この音源はAmazonの「Audible」というサブスクに登録すれば、ほかの落語も含めて聴き放題になります。
無料体験の期間もありますので、ご興味のある方は下記からサービスの内容をチェックしてみてください。
遷移したページの上部にある検索窓に「落語」と入力すると、Audibleで聴けるネタを調べられます。
「猪買い」の豆知識
- もともとは上方落語で、「池田の猪買い」という題。
- 三遊亭百生が得意としていた。
- 本記事で紹介したあらすじは、立川談志の高座を参考にした。
落語に興味をお持ちのすべての方にオススメしたいのが、『昭和元禄落語心中』というアニメです。
この作品は、雲田はるこさん原作のマンガをアニメ化したものなのですが、落語の魅力が「これでもか!」というほど、たっぷり詰まっています。
まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
- 関智一:スネ夫(ドラえもん)etc.
- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
- 山口勝平:ウソップ(ONE PIECE)etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
落語に少しでも興味があれば、ハマること間違いなしですので、ぜひ観てみてください!
なお、『落語心中』は各種サブスクで配信されていますが、一番オススメなのは「dアニメストア」を利用することです。
dアニメストアは、月額550円(税込)とほかのアニメ系サブスクよりも安く、31日間は無料で視聴できます。
dアニメストアに入れば、『落語心中』以外のアニメも見放題ですので、まずは無料で体験してみてください!
—
※初回は31日間無料ですが、31日経過後は自動継続となり、その月から月額料金の全額がかかります。
※月額は契約日・解約日に関わらず、毎月1日~末日までの1か月分の料金が発生し、別途通信料・その他レンタル料金など、使うサービスによっては別料金が発生します。
※見放題対象外のコンテンツもあります。



















