「ほうきを掛けるには、どれくらいの長さの釘がちょうどいいかなんて、お前よりよっぽどよくわかってんだ!」
「粗忽の釘」のあらすじ

この話の主役は、引っ越しをしている夫婦。
新居にひと足先に到着した奥さんは、前の家からタンスを背負ってくる亭主を待っています。
おーい、おっかぁ!
ずいぶん遅かったねぇ。
一体、どこを歩いてきたんだい?
いや、大変だったんだよ。
なにが?
新しい家の場所がわからなくなっちまって。
ええっ!?
それで、「豆腐屋を左に曲がる」ってことだけは覚えてたから、豆腐屋があるたびに左に曲がってたら、もとの家に戻っちまったんだよ。
なにやってんだよ。
仕方ねえから、そこで一服してたら、いい具合に大家が来たんで、ここまで送ってきてもらったんだ。
どうして、お前さんはそう、そそっかしいんだい?
さあさあ。いつまでも、戸口に立ってないで、早く中に入ってタンスを下ろしなよ。
ああ。
どうりで、やっと家に着いたのに、まだ背中が重いと思ったんだ。
それで、お疲れのところ悪いんだけどさ……。
ほうきを掛けるための釘を打ってくれない?
ええっ⁉︎
ちょっとは休ませてくれよ。
いいじゃないの。
お前さんなら、すぐ打てるでしょ?
仕方ねえなぁ……。
長い釘を打っておくれよ。
おい、誰に言ってんだ?
俺は大工だよ?
ほうきを掛けるには、どれくらいの長さの釘がちょうどいいかなんて、お前よりよっぽどよくわかってんだ!
はいはい。
じゃあ、この辺に打とうか。

おいおい、クモの巣が張ってるじゃねえか!
ちゃんと掃除しとけよ!
文句を言いつつも、奥さんのために釘を打ってやった亭主。

ちょっとお前さん!
なんだ?
壁に打ってるじゃない!
柱に打たないと!
あ、いけねえ。
しかも、全部打ち込んじゃって……。
長屋の壁なんて薄いんだから、釘の長さによっては、向こうに突き抜けてるよ?
いったい、どれくらいの釘を打ったの?
8寸ある瓦釘。
その名のとおり、屋根に瓦を固定するための釘。「1寸=約3cm」なので、8寸は「24cm」くらい。
なんで、そんなに長いのを打つんだよ?
うるせえなぁ。
「大は小を兼ねる」って、言うじゃねえか!
瓦釘なんて打ち込んだら、絶対向こう側に突き抜けてるよ!
早く行って、謝ってきな!
わかったよ!
◆
ごめんくださーい。
はいはい。
釘が突き抜けてきませんでしたか?
薮から棒になんです⁉︎
いや、壁から釘です。
は?
あの、どういうことか、もう少し詳しく話してくれませんか?
いやね。あっしは、さっき引っ越してきたんですが、かかあに言われて、ほうきを掛けるための釘を壁に打ったんです。
ただ、うっかりしてて、8寸もある瓦釘を打ち込んじまったんですよ。
そうだったんですね。
それで、あなたが引っ越してきたのは……。
この家の向かいです。
えーっと……。
さすがに、お向かいから、こちらに釘が届くことはないと思うんですが……。
まぁ、普通ならそうですが、なにせ8寸ある瓦釘ですからね。
いや、いくら8寸あっても、路地を挟んだここまでは届きませんよ。
ほら、一回外に出て見てみてください。
……。

たしかに、さすがにこっちまでは届かなそうだな。
そうでしょう?
たぶん、釘が突き抜けたのは、お隣の家じゃないですか?
なるほど!おっしゃるとおりだ!
失礼しました!

こうして、今度はお隣の家を訪ねることにした亭主。
まったく……かかあの言うとおり、俺はそそっかしくていけねえな。
次は、もっと落ち着いて話をしよう。
◆
ごめんくださーい。
はいはい。
ちょっと、一旦タバコを吸わせてください。
ええ?
まぁ、いいですが……。

それにしても、いい部屋ですね。
……ありがとうございます。
そちらにいらっしゃるのは、お宅の奥さんですか?
ええ。
そうですか。
仲人があって、お貰いになったんで?
ええ、まあ。
それが、どうかしましたか?
いや、実はあっしのところは、くっつき合いでね。
今でいう「恋愛結婚」のこと。江戸時代は、仲人を立てた「お見合い結婚」が多数派だったため、この「くっつき合い」は珍しく、少し照れくさい雰囲気があった。
あっしは大工なんですが、伊勢屋という質屋の横で仕事をしてたときにね、かかあのほうから声をかけてきたんですよ。
それをきっかけに、顔を合わすと喋るようになってから、あれよあれよといい仲になっちまって……。
今では一緒に暮らしてるってわけです。
はあ。
じゃあ、そういうことで。
失礼します。

あ、いや!何かご用があったんじゃないんですか?
あ!そうだ、そうだ!
あっしは今日、隣に引っ越してきたんです。
なにぶん、よろしくお願いします。
ああ、そうでしたか。
わざわざご挨拶においでくださいまして……。
それでね、さっき、かかあに言われて、ほうきを掛ける釘を打ったんですよ。
ただ、うっかりしてて、8寸ある瓦釘を壁に打ち込んじまったんです。
そうでしたか。
釘を打ったのは、どのへんで?
クモの巣があるあたりです。
いや、あなたの家にはクモの巣があったかもしれませんが、こちらには……。
あれ、そうなんですね?
そしたら、ちょっと家に戻って、釘を打ったところを叩くんで、音を聞いといてください。

亭主は一度、自分の家に帰り、釘のところを叩いてから戻ってきました。
どのあたりでしたか?
……あなた、大変なことをしてくれましたね。
へ?
いいから、ちょっとこっちへ来て、この仏壇の中を見てください。
亭主が家に上がって仏壇の中を見ると、なんと阿弥陀様の頭の上から、釘が出ていました。

ああ!これは大変だ!
ええ、まったくですよ!
「明日からは、ここまでほうきを掛けに来ないといけねぇ」
ー完ー
「粗忽の釘」の豆知識
- 上方落語では、「宿替え」という題。
- 別題は、「粗忽の引越」「我忘れ」。
- 原話は『噺栗毛』という本の「田舎も粋」だとされる。
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まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
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- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
- 山口勝平:ウソップ(ONE PIECE)etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
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