「俺は、この峠に古くから住む、ウワバミだ」
「田能久(たのきゅう)」のあらすじ

この話の主人公は、阿波(徳島県)の“田能”村で、母と二人で暮らしている、“久”兵衛という男。
「田能久」と呼ばれる彼は演劇が好きで、自ら劇団を立ち上げて、方々で公演するほどでした。

物語は、その田能久一座が、伊予(愛媛県)の宇和島へ遠征したところから始まります。

無事に公演を終えた田能久のところへ、故郷の母から手紙が届きました。
それによると、「母が体調を崩したから、早く帰ってきてほしい」とのこと。
もう日は傾きかけていましたが、田能久はすぐに故郷へ向けて出発しました。

阿波と伊予の間にそびえる峠を越える頃には、もう辺りは真っ暗。
しかも、雨まで降ってきたので、田能久は空き家になっていた丸太小屋で、雨宿りをします。
そこで火を起こし、おにぎりを頬張った彼は、ウトウトし始め、いつしか眠ってしまいました。
◆
しばらくして、田能久が目を覚ますと、小屋の入り口に老人が立っています。
あの……あなたは……?
俺は、この峠に古くから住む、ウワバミだ。

ウ、ウワバミ!?
普段はこの老人の姿に化けて、峠に迷い込んできた者に近づき、丸呑みにしておるのだ。
あ、あの……ご、ご、ご勘弁ください!
ダメだ。
俺だって人間を呑むのは久しぶりなんだ。
そ、そこをどうにか!
ダメだと言っているだろう。
最期に名前だけでも聞いといてやる。
お前は、どこの何という者だ?
わ、私は……あわあわあわ……。
阿波の……た、た、た、たのきゅ……。
なにぃ!? 狸だと!?
そりゃあダメだ。
狸の味は、あまり好かない。
えっ……あっ……。
それにしても、お前は人間に化けるのが上手いなぁ。
ほかの物にも化けてみてくれよ。
い、いや……。
私は、この姿にしか化けれないもんで……。
なにぃ?
「狐は七化け、狸は八化け」って言うじゃねぇか!
お前、本当は狸じゃないんじゃ……。
化けます!化けます!
でも、人前じゃ化けれないもんで、ちょっと後ろを向いててもらえませんか?
そう言って、田能久は芝居で使った長髪のカツラを取り出し、女性を演じます。

おお、人間の女か!
上手く化けるもんだなぁ。
ほかにも化けてくれよ!
次に田能久は坊主のカツラを付け、お坊さんを演じました。

やっぱり、お前は上手いなぁ!
ありがとう。楽しませてもらったよ。
どうだい、俺と友達にならねぇか?
友達……ですか?
ああ。
友達になって、俺にも上手な化け方を教えてくれよ。
わ、わかりました。
よろしくお願いします。
よし。そこで……だ。
仲良くなるには、お互いのことをよく知らないといけねぇ。
お前は、何が好きで、何が嫌いなんだ?
えーと……好きなものは、たくさんあって挙げきれませんが、嫌いなものは1つ、パッと思い浮かびます。
それはなんだ?
お金です。

カネ?どうしてだ?
私はこれまで、お金のために喧嘩したり、人を恨んだり、挙げ句の果てには人を殺したり……嫌なことをたくさん見聞きしてきました。
世の中に金銭ほど、怖いものはありません。
なるほどなぁ。
それでいうと、俺は「タバコのヤニ」と「柿の渋」が嫌いだ。

この2つが体に付くと、皮膚が溶けちまう。
そ、そうなんですか……。
ああ、これは俺とお前だけの秘密だぞ。
わかりました。
こういう「秘密の共有」ってのは、二人の仲を深めると聞いたことがある。
今夜は、このまま語り明かそうじゃねぇか。
あ、あの……実はですね……。
私の母の具合が悪いらしく、今は故郷に帰っている途中なんです。
おや、そうだったのか。
それは足止めさせて、すまなかったな。
そういうことなら、早く帰ってやれ。
ありがとうございます。
落ち着いたら、きっと戻ってきてくれよ。
この道を少し行ったところの、欅の木が2本立ってる後ろの洞穴が、俺の寝床だから。
わかりました。
じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。

こうして田能久は、命からがら山を下り、夜が明ける頃に自分の村に辿り着きます。
おい、田能久じゃねぇか。
そんなに青い顔をして、どうした?
実は……。
峠での出来事を、村の知人に洗いざらい話した田能久。
村では、「そんな危険なウワバミは、みんなで退治してやろう」という話になりました。
そこで、弱点だという「タバコのヤニ」と「柿の渋」を水に溶かし、それを大きな樽に入れて、ウワバミの寝床へと向かいます。

おーい、ウワバミー!
村人の声を聞き、田能久が訪ねてきたのだと思って、洞穴から出てきたウワバミ。
その瞬間、木に登っていた村人が、樽の中身をウワバミにぶちまけました。

俺の弱点を知ってるのは、一人だけだ!
あの狸の野郎……やりやがったな!
致命傷を負ったウワバミは、必死の思いで老人の姿に化け、田能久の村へと駆け出します。

おい、開けろ!おい!
はい。今、開けますよ。
田能久が戸を開けると、老人の姿のウワバミが、ボロボロの体で立っています。
お前、二人の秘密を喋りやがったな?
い、いや……あの……。
おかげで俺は、こんな姿になっちまった。
もう命は長くねぇ。
だがな……最期にお前にも、俺と同じ苦しみを味合わせてやる!!
そう言った瞬間、ウワバミの姿がスッと消えます。
そして、彼の居た場所には、金が詰まった箱が山のように積まれていました。

ー完ー
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「田能久」の豆知識
- この噺は、もともと民話だった。
- 六代目 三遊亭圓生が得意としていた。
 
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