「“恨めしや”ってのは、うちら幽霊の挨拶みたいなもんでして……」

「へっつい幽霊」のあらすじ

背景(大通り・昼)

話の舞台は、とある道具屋。

そこで品物を物色していた熊五郎は、良さげな“へっつい”を見つけます。

へっついとは?

土でできた“かまど”のこと。上に釜や鍋を置いて、煮炊きをする。

熊五郎

おい、道具屋。

熊五郎

このへっついは、いくらだい?

道具屋

これですか……。

道具屋

このへっついは、売れないんです。

熊五郎

なんだ、もう買い手がいるのか?

道具屋

いや、そういうわけじゃないんですがね……。

道具屋

実は、いわく付きなんです。

熊五郎

いわく付き?

道具屋

ええ。

道具屋

どういうわけか、このへっついは、売れたと思ったら、次の日には「やっぱり要らないから、引き取ってくれ!」って、うちの店に戻されるんです。

道具屋

そんなことが2回も3回も続いたものだから、気味が悪くてね……。

道具屋

変なものを売って、悪い噂が立ってもいけないんで、もう壊しちまおうと思ってるんです。

熊五郎

それは、もったいないな。

熊五郎

安くしてくれるなら、俺が引き取るぜ?

道具屋

本当ですか?

道具屋

それなら、お代は要りませんから、このまま差し上げます。

道具屋

でも、後になって「やっぱり返す」とか言わないでくださいよ?

熊五郎

もちろんだ。

熊五郎

もし使ってみて気に入らなかったら、俺のほうでぶっ壊しちまうよ。

こうして、へっついは、すぐに熊五郎の家に運び込まれました。

「タダで貰えて儲かった」と上機嫌の熊五郎は、銭湯にひとっ風呂浴びに行き、一杯やってから悠々と帰宅。

そのまま布団の上に転がって、ぐうぐう寝入ってしまいました。

さて、夜は更けて、丑三つ時。

にわかに例のへっついに、青い炎が灯ります。

部屋がぼんやり明るくなったので、熊五郎は目を覚ましてしまいました。

熊五郎

なんだ?へっついに火が付いてるじゃねえか。

熊五郎

わかった!これから幽霊でも出てこようっていうんだな?

熊五郎

おーい、幽霊!焦らしてねえで、出るなら、早く出てきやがれ!

幽霊

恨めしや……。

熊五郎

おうおうおう。何言ってやがんでい!

熊五郎

俺は、お前に恨まれる覚えはないぞ!

幽霊

あ、いや、すみません。

幽霊

「恨めしや」ってのは、うちら幽霊の挨拶みたいなもんでして……。

熊五郎

紛らわしいことを言うな!

熊五郎

で、何しに出てきやがった?

幽霊

実は、親方にお願いがあって、出てきました。

熊五郎

お願い?

幽霊

はい。申し遅れましたが、あっしは、左官屋をやっていた長五郎といいます。

左官屋とは?

壁などに土を塗る職人のこと。

幽霊

恥ずかしながら、賭け事が大好きでして、生きてた頃は、稼いだ銭をほとんど博打につぎ込んでました。

幽霊

そしたらある日、やけについていたことがあって、なんと一晩で300両も儲けたんです。

幽霊

そんな大金、あっしの家には置いておくところもないんで、とりあえず、このへっついに土で塗り込んでおきました。

幽霊

ただね、「当たってる」ってなあ、怖いものですねぇ。

幽霊

お祝いに、フグで一杯やったら、毒にも当たっちまって、そのままポックリですよ。

熊五郎

そりゃあ、災難だったなあ。

熊五郎

ご愁傷様です。

幽霊

痛み入ります。

幽霊

それで、これから閻魔様のところに行かなきゃならないんですが、「地獄の沙汰も金しだい」って言うでしょう?

幽霊

だから、このへっついに塗り込んである300両を取り出して欲しくて、こうして化けて出てきたというわけです。

熊五郎

そうか、話はよくわかった。

熊五郎

ただな、このへっついは、今となっては俺のもんだ。

熊五郎

なかなか気に入ってるし、壊されちまうと困るんだが……。

幽霊

もちろん、お礼はしますよ。

幽霊

実は、こうしてあっしが出てくると、たいていの人は逃げ出しちまう。

幽霊

このお願いは、親方みたいな度胸のある人にしか頼めないんです。

幽霊

そんなわけですから、金はきれいに半分にして、150両ずつ山分けといきましょう。

熊五郎

お、幽ちゃん。気前がいいねえ。

熊五郎

そういうことなら、今すぐぶっ壊しちまおう。

さっそく熊五郎がへっついを壊すと、幽霊の言うとおり、300両が出てきました。

熊五郎

ほらよ。お前の取り分の150両だ。

幽霊

ありがとうございます。

幽霊

……でも、なんだか半端な額になっちまったなぁ。

幽霊

ねぇ、親方。これから、この金の“押し付けっこ”をしませんか?

熊五郎

押し付けっこ?

幽霊

早い話が、この300両の総取りを賭けて、博打をするんです。

熊五郎

お前も好きだねぇ……。

熊五郎

だが、俺もそういうのは嫌いじゃねえぞ。

熊五郎

ひとつ勝負といこうじゃねえか!

熊五郎

何の博打がいいんだ?

幽霊

あっしは、昔から“丁半”しかやらないんです。

丁半とは?

2つのサイコロを壺に入れて振って、出目の合計が丁(偶数)か半(奇数)か予想する博打のこと。

熊五郎

よし。サイコロなら、ちょうど2つあるぞ。

熊五郎

お前は、どっちにかける?

幽霊

あっしの名前は、長五郎。生まれてこのかた、「丁」にしか張ったことがありません。

熊五郎

それなら、俺は「半」だ。

熊五郎

よし。それじゃあ、いくぞ?

熊五郎

いざ、勝負!

熊五郎

悪いな、幽ちゃん。「五・六の半」で俺の勝ちだ。

熊五郎

300両は、ありがたく貰ってくぜ。

というわけで、大勝負に負けてしまった幽霊は、ガックリと肩を落としてしまいました。

熊五郎

おいおい、幽霊が落ち込んでる姿は気味が悪いぞ?

幽霊

……親方、後生ですから、もう一回だけ勝負してください!

熊五郎

冗談じゃねえや。

熊五郎

お前はもう、びた一文も持ってないじゃねえか。

幽霊

いやいや、安心してください。

「あっしも幽霊だ。決して足は出しません」

ー完ー

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「へっつい幽霊」のオチ(サゲ)

野暮を承知で、この噺の「あっしも幽霊だ。決して足は出しません」というオチのセリフの解説をします。

まず、幽霊というのは「足がない」とされており、これは、江戸時代の絵師、円山応挙の幽霊画の影響です。

また、「お足」という言葉には、「お金」という意味もあります。

その由来は、江戸時代の通貨「寛永通宝」の裏に「足」の字があったこと。

ここから転じて、「足が出る」は「赤字になる」ことを意味するようになりました。

以上をまとめると、「あっしも幽霊だ。決して足は出しません」は、「幽霊には足がない」ことと「足は出さない=赤字にはしない」のを掛けたセリフだということです。

「へっつい幽霊」の豆知識

  • 上方落語では、『かまど幽霊』と呼ばれる。
  • 昭和の名人 三代目 桂三木助が得意としていた。
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