「実は……私のお乳のところを……なめていただきたいのです……」
「なめる」のあらすじ
話は、八五郎が馴染みの芝居小屋にやってくるところから始まります。
おう！
あっ、八五郎さん。
席は空いてるかい？
それが……今日は満席なんです。
じゃあ、立ち見かぁ……。
立ち見するなら、あそこの席の後ろがいいですよ。
どこだ？
あの、4人席に2人で座ってる、お嬢さんと年増の女の席ですよ。
あの二人も、うちの常連なんですが、とにかく音羽屋びいきでして……。
歌舞伎役者の屋号。ほかに有名な屋号としては、市川團十郎の「成田屋」などがある。
後ろに立って、舞台に「音羽屋！」って声に出して褒めてたら、空いてる席に座らせてくれるかもしれませんよ？
こうして八五郎は、若い衆に言われたとおりに、女性二人の席の後ろで立ち見を始めます。
そして、音羽屋の乙な場面になると、「よっ！音羽屋！」と何度も褒めました。
あの……。
あ、失礼。
うるさかったですか？
いえ、そうではありません。
実は、ここにいるお嬢さまも私も、音羽屋がひいきでして……。
音羽屋を褒めていただきますと、嬉しいのです。
そうでしたか！
それでは、もういっちょ……
ありがとうございます。
よろしければ、こちらの席にいらっしゃいませんか？
え？いいんですか？
もちろんです。
ご覧のとおり、空いておりますから。
作戦どおり、席に座ることに成功した八五郎。
弁当までご馳走になり、ゆっくり観劇することができました。
そうして、しばらくすると、幕間の休憩に入ります。
あの、つかぬことをお伺いしますが……。
お年は、いくつでいらっしゃいますか？
あっしは、ニナラです。
ニナラ？
数字の「2」が並んで、22歳ってことです。
そうですか……。
お住まいは、どちらで？
ここのすぐ近くなんですよ。
あら。実は私たちも、この近くに住んでるんです。
そんなら、帰りは送っていきましょうか？
このへんも、最近は物騒ですから。
よろしいんですの？
女二人では心細くて、帰りは駕籠を呼ぼうかとも思ってましたので、そうしていただけると助かります。
その後、劇は幕を閉じ、八五郎は約束どおり、二人を家まで送ってあげました。
どうも、ご親切にありがとうございました。
いえ。これくらい、どうってことありません。
じゃあ、あっしはこれで……。
あ、お待ちください！
お礼に、お茶くらい出させてくださいな。
でも……。
さあさあ、お上がりください。
勧められるままに、部屋の中へ案内された八五郎。
聞けば、この広い家に、お嬢さんと婆やの二人きりで住んでいるとのことでした。
婆やは、酒と煮物を八五郎に持ってきてくれます。
さ、お嬢さま。
お酌して差し上げてください。
どうぞ……。
あ、え、酒ですか？
これはこれは、ありがとうございます。
あっしは、酒には目がないんで。
こうして、美しいお嬢さんにお酌をしてもらって、上機嫌で酒を飲み続けた八五郎。
気が付くと、いつのまにか婆やは席を外し、部屋にお嬢さんと二人きりになっていました。
あの……あなた様にひとつ、お願いがあるのですが……。
お願い？なんです？
お嬢さんのためなら、命でもなんでも差し上げますよ！
まぁ、ご冗談を。
でも、私が申し上げてから、お嫌とおっしゃられると……。
「嫌だ」なんて、言いませんよ！
さ、何なりと、お申し付けください！
実は……私のお乳のところを……なめていただきたいのです……。
へ？お乳？
いいんですか？
あ、あの……なめていただきたいのは、私のお乳の下に出来てしまった「おでき」のところなんです。
おでき……かぁ。
……お嫌ですか？
あ、いや、なめますよ！
なめますけど……それでお終いですか？
いえ。そんなことをして頂きました以上は、私のような者でよろしければ、一生あなたの傍に……。
えっ⁉︎本当ですか⁉︎
お嬢さんみたいな美人と一緒になれるなんて、夢みたいですよ！
よし。そうと決まったら、早速なめて差し上げましょう！
お嬢さんは顔を赤くしながら、着物を脱ぎ、長襦袢一枚になりました。
着物の下に着る下着のこと。
そして、胸元をはだけると……言っていたとおり、胸の下には、大きなおできがあります。
紫色に腫れ上がったおできからは、膿も出ていました。
さ、お願いします！
腰が引けている八五郎の首根っこを掴み、無理やり胸元へ引き寄せたお嬢さん。
八五郎は観念して、おできをなめました。
◆
さて、事が終わり、お嬢さんのお酌で、再び酒を飲み始めた八五郎。
酔いも回ってきて、お嬢さんの手でも握ろうかとしたところで、婆やが慌てた様子で部屋に入ってきます。
大変です！
叔父さんがいらっしゃいました！
叔父さん？
叔父さんは大変に短気な方で、女ばかりの家に男の人がいると、刀で斬りかかりかねません！
ええっ⁉︎
玄関から、お履き物を持ってきましたので、これを履いて庭からお逃げになってください！
八五郎は、言われるままに、庭へと飛び出していきました。
さて、明くる日のこと。
お嬢さんと結婚の約束をした八五郎は、もう玉の輿に乗った気分になっています。
今日もお嬢さんを訪ねようと、屋敷に向かっている道中で、友人に出くわしました。
おう、八つぁんじゃねえか！
ん？お前、こんなところで何してんだ？
親方に頼まれて、薬屋で「宝丹」を買ってきたんだよ。
お前は、どうした？
実は俺は、この近くに住んでるお嬢さんと一緒になることになってな……。
歩きながら、友人に昨日の出来事を話す八五郎。
そりゃ、本当の話かい？
こいつ、やりやがったな！
まぁな！
そのお嬢さんの家ってのが、ここなんだよ！
ん？なんだか、空き家みたいじゃねえか？
……たしかに。
ちょっと、そこのタバコ屋で聞いてみよう！
◆
こんちは。
はいはい、どのおタバコにいたしましょう？
あ、いや、ちょっとお伺いしたいことがありまして……。
あそこの家の方は、どこかにお出かけされてるんですか？
ああ……ちょっと聞いてくださいよ！
実は、あのお宅で昨夜、面白いことがありましてね。
……？
事の発端は、あそこの家のお嬢さまに、ひどい「おでき」が出来てしまったことでして……。
どんな医者に診せても、一向に治らなかったんです。
それで、藁にもすがる思いで、占い師に相談したところ、「22歳の男に舐めさせれば治る」と言われたらしいんですよ。
えっ……？
ただ、身近な男になめさせる訳にもいかないので、「芝居小屋なら、スケベな男が捕まるだろう」ってことで、小屋から近いこの家に、婆やと仮住まいをしてたんですよ。
そしたら、昨日ついに、おあつらえ向きのバカが生け捕りになったんです！
へ、へぇ……。
で、首尾よく家に連れ込んで、おできをなめさせるのに成功しました。
そうなったら、もうそのバカに用はありません。
「怖い叔父さんが来た」と嘘をついて、家から追い出しました。
で、バカが戻ってこないうちに、お嬢さんたちは元の家に帰ったってわけです。
えーっと……。
そしたら、あの家には、もう誰もいないってことですか？
そういうこと。
これでお嬢さんのおできは治るだろうけど、可哀想なのは、そのバカ男ですね。
おできから出てた毒をなめたら、7日ももたずに死んじまうそうです。
ええー⁉︎
衝撃の事実を知った八五郎は、その場で気を失ってしまいます。
あれ？どうしたんです？
ちょっと、そこの方！
ん？
この人のお連れさんでしょ？
起こしてやってくださいよ！
おーい、八つぁん！
大丈夫か？
うーん……。
お、目を覚ましたな？
胸がスッとするから、この宝丹をなめなよ。
い、いやだ！
「なめるのは、もうこりごり」
ー完ー
おすすめの音源
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宝丹について
宝丹は、今も現存する薬で、胃もたれや胸焼けに効きます。
あらすじの中で八五郎の友人が宝丹を買った「（上野の）池の端の守田商店」も、今なお営業中です。
この宝丹の名前は、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも登場します。
寒月と、根津、上野、池の端、神田辺を散歩。池の端の待合の前で芸者が裾模様の春着をきて羽根をついていた。衣装は美しいが顔はすこぶるまずい。何となくうちの猫に似ていた。
（中略）
宝丹の角を曲るとまた一人芸者が来た。
引用：『吾輩は猫である』夏目漱石
この「なめる」というネタは、宝丹の宣伝用に作られたとも言われています。
「なめる」の豆知識
落語に興味をお持ちのすべての方にオススメしたいのが、『昭和元禄落語心中』というアニメです。
この作品は、雲田はるこさん原作のマンガをアニメ化したものなのですが、落語の魅力が「これでもか！」というほど、たっぷり詰まっています。
まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
- 関智一：スネ夫（ドラえもん）etc.
- 石田彰：渚カヲル（エヴァンゲリオン）etc.
- 山寺宏一：ジーニー（アラジン）etc.
- 林原めぐみ：灰原哀（名探偵コナン）etc.
- 山口勝平：ウソップ（ONE PIECE）etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
落語に少しでも興味があれば、ハマること間違いなしですので、ぜひ観てみてください！
なお、『落語心中』は各種サブスクで配信されていますが、一番オススメなのは「dアニメストア」を利用することです。
dアニメストアは、月額550円（税込）とほかのアニメ系サブスクよりも安く、31日間は無料で視聴できます。
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