「この雀は1羽1両で、合わせて5両だ」

「抜け雀」のあらすじ

話の舞台は、東海道は小田原。

その街道を歩く、眉毛が太くて目がギョロリとした男に、宿場の主人が声を掛けるところから、物語は始まります。

相模屋

お泊まりさんではございませんか?

わしに泊まれと申すか?

相模屋

へえ。泊まっていただきたいんで。

まぁ、泊まらんこともない。

お前の宿は、何という名だ?

相模屋

「相模屋」という、私と家内の2人で営んでいる、小さな宿です。

そうか。

言っておくが、わしは酒を飲むぞ?

日に3升も飲むが、それでも良いか?

相模屋

もちろん、構いません。

よし、それではお前の宿に泊まろう。

先に100両でも預けておこうか?

相模屋

いえいえ、それには及びません。

相模屋

お立ちの際に、まとめていただければ結構です。

こうして、男は宿に案内されます。

そして、部屋に入るとすぐに酒を飲み始め、やがて眠ってしまいました。

それからというもの、男は朝・昼・晩に酒を1升ずつ飲み、気が付くと1週間が経過します。

相模屋の妻

ねえ、お前さん。

相模屋の妻

あのお客、変だと思わない?

相模屋

え?どこが?

相模屋の妻

外に出ないで、部屋で酒を飲んでばかりじゃないか。

相模屋

別に、飲まれた分だけお代を貰うんだから、むしろありがたいだろ。

相模屋の妻

あたしはね、またお前さんが、一文なしを引っ張り込んだんじゃないかと心配なんだよ。

相模屋

ああ、それなら大丈夫だ。

相模屋

街道で声を掛けたとき、あの人は「100両預けておこうか?」って言ってきたくらいだからな。

相模屋の妻

それで、預かったの?

相模屋

いや、「お立ちの際に、まとめてで結構です」って……。

相模屋の妻

そしたら、100両は嘘かもしれないじゃないか。

相模屋の妻

今からでも、ちょっとお代を貰ってきとくれよ。

相模屋

ええ?言いにくいよ。

相模屋の妻

それなら、酒屋のせいにでもするんだよ。

相模屋の妻

「注文が多くなって、立て替えができなくなりましたんで、酒代として5両ばかしいただきたい」と言っておいで。

奥さんに背中を押されて、宿屋の主人は男の部屋を訪ねます。

相模屋

あの……お客様。

ん?なんだ?

相模屋

実は、お話がございまして。

相模屋

酒屋への代金の立て替えがきかなくなってしまいましたので……。

相模屋

すみませんが、酒代として5両ばかし、いただきたいんです。

そうか、そうか。

5両というと、小判で渡したほうが良いか?

それとも、細かい銭が良いか?

相模屋

どちらでも構いませんが、小判なんて滅多にお目にかかれませんので、小判でいただきましょうか。

惜しいな、小判では5両も無い。

相模屋

そうですか。

相模屋

では、細かい方で……。

細かいのでも、無い。

相模屋

は?

相模屋

じゃあ、あなたは……。

ああ、一文なしだ。

相模屋

ええ⁉︎

相模屋

なんで、一文なしなのに、うちに泊まるんです⁉︎

お前が泊まれと申すからだ。

相模屋

ええ⁉︎

相模屋

酒も散々飲んで……お代はどうするんですか⁉︎

それを考えてたんだが、なかなか良い案が浮かばぬのだ。

相模屋

冗談言わないでくださいよ……。

相模屋

あなた、商売は?

絵師だ。

相模屋

エシ?

狩野派の絵師をやっておる。

……そうだ。宿代の代わりに、何か描いてやろうか?

相模屋

いやいや。

相模屋

あなたみたいな一文なしに絵を描いてもらっても、売れるわけないし、いいですよ。

そう言わずに、描かせなさい。

あそこにある、白い衝立に描こうじゃないか。

相模屋

あれはダメですよ。

相模屋

この間、うちに泊まった一文なしの職人に作らせた衝立で、そのうち売ろうと思ってるんですから。

いや、あれに描く。

早くここに持ってきなさい。

相模屋

ええ?

結局、宿屋の主人は押し切られ、衝立に絵を描かれることになりました。

そこで男が墨で描いたのは、5羽の雀です。

よし。

この雀は1羽1両で、合わせて5両だ。

相模屋

ええ?これが?

いいか。この絵は、誰にも売り渡してはならぬぞ。

わしは、これから江戸に参り、必ずここに戻ってくる。

宿代はそのときに持ってくるから、この絵はそれまで預けておこう。

そう言い残して、男は立ち去ってしまいました。

相模屋の妻

どうだった?

相模屋の妻

お代、もらえた?

相模屋

いや……。

相模屋

でも、代わりに絵を……。

相模屋の妻

なに言ってんだよ!

相模屋の妻

じゃあ、また一文なしを泊めたってわけかい?

相模屋

あの……。

相模屋の妻

こんなんじゃ、商売にならないじゃないか!

相模屋の妻

もう嫌になったから、私は寝るよ!

こうして、ふて寝を始めた奥さん。

主人も、今日は早めに宿を閉めて、眠ってしまうことにしました。

さて、その翌朝。

宿屋の主人が掃除をするため、男が泊まっていた部屋の雨戸を開けると、中から鳥が飛び立っていきました。

相模屋

うわっ!驚いたな。

相模屋

いつのまにか、部屋の中に鳥が入ってたんだ。

その時、ふと例の衝立に目をやると、描いてもらった雀が消えています。

相模屋

あれ?雀が居なくなってるや。

相模屋

まぁ、そのほうが売るときに都合がいいか。

そんなことを考えていると、向かいの家の屋根でエサを食べてた5羽の雀が部屋に入ってきて……

なんと、衝立の中に納まりました。

相模屋

うわー!!!

相模屋

おっかぁ!起きろ、起きろ!

相模屋の妻

朝から何を騒いでるんだよ?

相模屋

昨日、一文なしが描いてった雀の絵が、衝立から抜け出したと思ったら、外でエサを食べて戻ってきた!!

相模屋の妻

そんなこと、あるわけないだろう?

このように、まるで相手にしてくれない奥さん。

悔しくなった主人は、近所の人にも話をしますが、誰も信じてくれません。

そこで翌朝に、みんなを部屋に集めて、衝立から雀が抜け出るところを見せることにしました。

相模屋

さあ、今からやりますよ?

大勢の人が見守るなか、主人が雨戸を開けた途端、衝立から雀が飛び出します。

そして、しばらくすると帰ってきて、元の通りの絵に戻りました。

さて、この珍しい雀の噂は、たちまち小田原中に広がります。

「雀の絵を一目見たい」という人が大勢集まってきて、宿は大繁盛になりました。

そして、雀の衝立の評判は、ついに小田原城の殿様の耳にも届きます。

お忍びで宿にやってきて、衝立を見た殿様は、「1000両で買い取りたい」と言ってきました。

しかし、絵を描いた男から「誰にも売り渡してはならぬ」と言われていた宿屋の主人は、これを丁重にお断りします。

それからしばらく経って、60歳過ぎの武士が相模屋にやってきました。

武士

ご免。

相模屋

はい、いらっしゃいませ。

武士

「衝立に描かれた雀の絵が抜け出る」という話を聞いて参った。

相模屋

そうでしたか。

相模屋

今、ご案内いたしますね。

そう言って、主人はこの武士を衝立の前まで連れていきます。

相模屋

この衝立でございます。

武士

おお、なるほど。これか。

武士

たしかに、なかなか良く描けておる。

相模屋

そうでしょう?

武士

しかし、この絵には抜かりがあるぞ。

相模屋

え?

相模屋

なんです、抜かりって?

武士

止まり木がない。

武士

これでは、雀たちが休める場所がなく、やがて疲れて死んでしまうだろう。

相模屋

言われてみれば、そうかもしれませんが……。

武士

よし、わしが止まり木を描いてやろう。

相模屋

いやいや、それには及びません!

相模屋

この衝立は、お殿様が1000両で買ってくださると仰ったほどの値打ちがありますんで、余計なことは……。

武士

そうか。

武士

では、いずれこの雀たちは死ぬな。

相模屋

ええ?そんな不吉なこと、言わないでくださいよ。

相模屋

……わかりました。

相模屋

じゃあ、端っこのほうに、小さく止まり木を描いてください。

こうして、この武士に止まり木を描いてもらうことに。

宿の主人が雨戸を開け、雀が外に出ていった隙を狙って、武士は衝立に筆を走らせます。

そこで彼が一気に描きあげたのは、衝立いっぱいの大きさの鳥籠でした。

相模屋

ああっ!!

相模屋

こんなに大きく描いちゃって……。

武士

まぁ、見ておれ。

しばらくして、外から帰ってきた雀たちは、武士が描いた鳥籠に入ると、止まり木で休むように納まりました。

武士

よし、これで雀たちが疲れて死ぬことはない。

相模屋

すごい!!

相模屋

どうも、ありがとうございました。

武士

この絵を描いたのは、眉が太く、目がギョロリとした男だったろう?

相模屋

ええ、仰るとおりです。

武士

はっはっは。

武士

あいつも、まだ絵心が足らんのう。

そう言い残して、この武士は立ち去ってしまいました。

さて、それから2ヶ月ほど後。

衝立に雀の絵を描いた男が立派な格好をして、相模屋に帰ってきます。

ご免。

相模屋

いらっしゃいませ。

無沙汰をしたな。

相模屋

あっ、あなたは……!

相模屋

あれから雀が評判になりまして、うちは大繁盛ですよ!

そうか、そうか。

相模屋

お殿様は、あの衝立を1000両で買ってくださると仰いました!

ほう。それで、売ったか?

相模屋

いえ。

相模屋

だってあなた、「売っちゃいけない」って言ったでしょ?

正直なやつだな。

あの雀はお前にやるから、勝手にしてよいぞ。

相模屋

ありがとうございます!

相模屋

あ、そうそう……。

相模屋

そういえば少し前に、60歳過ぎのお武家様があの絵をご覧になって、「これには抜かりがある」と仰ったんです。

抜かり?

相模屋

なんでも、「止まり木がない」って。

ああ、たしかに忘れておった。

それで、どうした?

相模屋

その方が、鳥籠を描いてくれたんです。

相模屋

雀たちはそこに入って、今でも元気にしてますよ。

雀が鳥籠に⁉︎

ちょっと見せてみろ!

突然、顔色が変わったこの男を連れて、主人は衝立の前までやってきます。

相模屋

こちらです。

……ふむ。やはりそうか。

ながらくご無沙汰しております。

そう言って、男は衝立に向かって深く頭を下げました。

相模屋

ど、どうしたんです?

この鳥籠を描いてくださったのは……わしの父だ。

相模屋

ええ?

実はわしは、絵の稽古を怠って、父に勘当されて旅をしておったのだ。

この度、わしの元に父から送金があり、国元へ戻ってこいとお許しをいただいた。

相模屋

それって、お父様がこの絵をご覧になって……?

そのようだな。

ああ、わしは父に恥をかかせた……。

親不孝な男だ……。

相模屋

いえいえ、こんな素晴らしい絵を描いたんですから、親不孝なんかじゃないですよ!

いや、わしは親不孝だ……。

衝立を見てみろ。

「大事な親をカゴかきにした」

ー完ー

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「抜け雀」のオチ(サゲ)

最後の「カゴかきにした」というセリフは、「籠描き」と「駕籠かき」の2つの意味がかかっています。

まず、「籠描き」の方は、あらすじにもあるように、男の父親が衝立に「雀の鳥籠を描いた」ことを指します。

そして、もう1つの「駕籠かき」は、下のイラストのような「駕籠を担ぐ」職業を指す言葉です。

駕籠かきの中でも、街道で客を捕まえる「雲助」は、“たかり”や“ぼったくり”の常習犯で、旅人から嫌われていました。

以上のことから、大事な父を嫌われ者の「駕籠かき(=籠描き)」にしてしまったので、絵描きの男は自身を「親不孝」だと言っている、というオチでした。

「抜け雀」の豆知識

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