「拙者に向かって、役者とはなにごとか!」

「白井権八」のあらすじ

話の舞台は、東海道の神奈川宿。

白井権八という若い侍が、大通りに面した茶屋で休んでいます。

そこへ、一人の雲助がたかりに来ました。

雲助とは?

街道で駕籠(かご)担ぎや、荷物の運搬を生業にしている人のこと。“たかり”や“ぼったくり”をする者も多かった。

雲助

旦那、駕籠に乗りませんか?

権八

いや、駕籠はもう乗り飽きた。断る。

雲助

それじゃあ、馬はどうです?

権八

拙者は馬も嫌いでな。断る。

雲助

なにぃ?

雲助

駕籠も嫌、馬も嫌じゃあ、あっしたちは稼ぎなし。どうやって暮らせばいいんです?

雲助

強いばかりが武士じゃねえ。情けがあるのが、真の侍ってもんだ。

雲助

あなたのことじゃございませんがね、よく役者風情(ふぜい)が旦那みたいな格好して、ここを通るんですよ。

雲助

本物の武士だってんなら、それ相応のことはしたらどうです?

権八

なんだと?妙なことを申すな。

権八

拙者に向かって、「役者」とはなにごとか!

そう言って、腰に下げていた刀をすーっと抜いた権八。

雲助は、目の前で光る刀に恐れ慄き、すぐに退散していきます。

それから少しして、今度は雲助の親分が権八のところにやってきました。

雲助の親分

旦那。先ほどは、うちの子分が失礼しました。

雲助の親分

けどね、あんた、刀を抜いたね?

雲助の親分

えぇ?人を斬ろうってのかい?

雲助の親分

斬れるものなら、斬ってもらおうじゃねえか!

雲助の親分

この往来で人を斬ったりすりゃあ、どうなるかわかってんのか?

雲助の親分

生意気なことしてやがると、タダじゃおかねえぞ!

親分に啖呵を切られ、またも刀に手をかけた権八。

しかし、今度は思いとどまり、ニヤリと笑みを浮かべます。

権八

やあ、すまなかった。

権八

なに、ほんの戯れだ。

権八

拙者も武士らしくここを通りたいゆえ、これで勘弁してくれ。

そう言って、権八は二分金を置いて、そのまま行ってしまいました。

二分金とは?

江戸時代の金貨の一種。今のお金に換算すると5万円くらい。

この権八と雲助たちのやり取りを、茶屋の二階から見ていたのが、長兵衛という男。

長兵衛は権八の粋な立ち振る舞いに感心し、近くで控えていた子分の権兵衛に声をかけます。

長兵衛

おい、今のを見てたか?

長兵衛

あの若い侍は、なかなか面白そうな奴だな。

権兵衛

そうですね。

長兵衛

ただ、あのまま進んで行ったら、夕暮れ時に鈴ヶ森を通ることになる。

長兵衛

あそこは山賊どもの溜まり場だ。

長兵衛

いくら腕に自信があっても、多勢に無勢じゃあ、無事ではすまないだろう。

長兵衛

そこでお前、ちょっとあの若侍を追いかけて、連れ戻してこい。

長兵衛

今日のところは、ここに泊まってもらって、夜が明けてから、江戸まで送ってやろうじゃねえか。

権兵衛

わかりました。すぐに行ってきます。

それから権兵衛は駆けていき、権八に追いつきました。

権兵衛

お急ぎのところ、すみません。

権兵衛

あっしは権兵衛と申す者です。

権兵衛

ここから先に行くと、山賊たちの溜まり場にぶつかります。

権兵衛

暗い時分に一人で通るのは危ないんで、今日のところは、手前と神奈川宿まで戻りませんか?

権兵衛

それで、夜が明けてから改めて、あっしの親分も合わせた三人で江戸に向かいましょう。

権八

左様か。

権八

そのお言葉はかたじけなくはあれど、悲しいかな、拙者は武士。

権八

お主の話を聞いて、おめおめと来た道を戻ることはできぬ。

権八

悪事を働く山賊どもを斬って斬って斬りまくり、庶民の難儀を救いたい。

権兵衛

……そうですか。

権兵衛

それじゃあ、どうぞお気をつけて。

というわけで、権兵衛は一人で長兵衛のところに帰ってきます。

長兵衛

どうだった?

権兵衛

来ませんよ。

権兵衛

山賊どもを斬って斬って斬りまくって、庶民の難儀を救うそうです。

長兵衛

なんと。そこまで言うとは、ますます気に入った。

長兵衛

よし。駕籠の支度をしろ!

長兵衛

あの若侍の腕がどれほどなのか、お手並み拝見といこうじゃないか。

こうして、長兵衛と権兵衛の二人は、駕籠で権八の後を追い始めます。

さて、その頃、権八はというと、例の鈴ヶ森に入るやいなや、たちまち山賊たちに取り囲まれてしまいました。

しばしの睨み合いの末、襲いかかってくる山賊たち。

権八はヒラリと身をかわしてから刀を抜くと、バッタバッタと山賊どもを切り伏せます。

その太刀捌きの美しいこと。あっという間に山賊たちを始末しました。

そこへ駕籠が到着し、中から出てきた長兵衛は、権八にこう声をかけます。

長兵衛

お若えの、お待ちなせえ。

権八

待てとお止めなされしは、拙者がことでござるかな。

ご存知、長兵衛・権八の「鈴ヶ森の対面」の場面でございます。

ー完ー

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「白井権八」という人物について

東海道五十三次の内 川崎駅 白井権八(歌川国貞・作)
  • 「白井権八」は歌舞伎や浄瑠璃にも登場する、江戸時代前期の実在人物で、本名は「平井権八」。
  • 鳥取藩士 白井正右衛門の息子。
  • 18歳のとき、父を馬鹿にした男を、妖刀「村正」で斬り、江戸へ逃走を図る。
  • 落語「白井権八」は、その江戸への道中を描いた話。
  • 鈴ヶ森で長兵衛と出会った権八は、意気投合して、彼の用心棒になる。
  • その後、江戸にたどり着いた権八は、吉原の三浦屋の花魁「小紫」に惚れる。
  • 小紫に会う金を作るため、権八は130人もの辻斬り強盗をする。
  • 結局、権八は捕えられて死罪となり、鈴ヶ森で首を晒される。
  • その後、権八が亡くなったことを知った小紫も、彼の後を追って自ら命を絶った。
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