「……おや?これは吉原の『小稲花魁』の錦絵ですね」
「搗屋無間(つきやむげん)」のあらすじ

話は、幇間(たいこもち)の聚楽(じゅらく)が、搗き米屋の前を通りかかるところから始まります。
今でいう、精米所。江戸時代には、臼の中に玄米を入れて、杵でついて精米していた。
精米では米の「ぬか」を取り除くが、この時代は手作業だったこともあり、精米後はもとの重さから一割ほど少なくなったという。
精米を依頼した客の立場からすると、「持ってきた米の重さ」より「精米された米の重さ」のほうが軽くなるわけで、このことを「搗き減り」といった。
……はぁ。
おや、親方!
ため息なんてついて、どうしたんです?
ああ、聚楽か。
実はね、ここのところ、職人の徳兵衛の体調が良くないんだよ。
「どこが悪いんだ?」って聞いても、何も答えねえから困ってるんだ。
徳さんなら、あたしもよく知ってます。
よかったら、あたしのほうからも聞いてみましょうか?
ああ、頼むよ。

こうして、徳兵衛の部屋にやってきた聚楽。
徳さん、こんちは。
ああ、聚楽さん。
どうも。
具合が悪いんですって?
そうなんだよ。
あなた、「恋煩い」なんでしょ?
えっ!?
なんで、わかるんだ?
さっき親方が、「徳さんにどこが悪いのか聞いても、何も答えない」って言ってたんで。
そういう人に言えないような病の人は、だいたい「恋煩い」なんですよ。
たまげたなぁ。
聚楽さんには、何でもお見通しだ。
で、誰に煩ってるんです?
この人だ。
……おや?
これは吉原の「小稲花魁」の錦絵ですね。
この間、絵草紙屋で見かけて、買ってきたんだ。
挿絵が多く入った読み物のこと。絵草紙を扱う「絵草紙屋」では、「錦絵(カラーの浮世絵」)も売られていた。
はじめは「綺麗な人だなぁ」と思って眺めてたんだけど、毎日毎日、目にしてるうち、だんだん胸が苦しくなってきちまった。
そんなに花魁のことを想ってるなら、会いに行ったらいいじゃないですか。
会えるのか?
ええ。お金さえあれば。
……そうか。
親方に預けてる給金が10両ほどあるんだが……それで足りるかね?
それだけあれば十分です。
よし。じゃあ、今から行こう!
ちょっとお待ち!
小稲といえば、吉原の中でも名高い花魁。
そんな格好では、相手にしてもらえませんよ。
そ、そうなのか……。
なら、どうすればいい?
まずは、床屋と湯屋に行って、さっぱりしてきなさい。
その間に、あたしが親方からお金を預かって、着物を用意しておきます。
ありがてぇ。
よろしく頼むよ。
こうして、すぐに床屋と湯屋に向かった徳兵衛。
聚楽はそれを見送ってから、親方のところに戻ってきます。
どうだった?
徳さんは、恋煩いでした。
恋煩い?誰に?
吉原の花魁です。
それは、えらい女に惚れたな。
そういうわけなんで、これから徳さんとあたしで吉原に行って、花魁に会ってこようと思うんですが……。
ああ。それで徳兵衛の具合が良くなるなら構わねえよ。
だが、金はどうするんだ?
徳さんの話だと、親方に預けてる給金が10両ほどあるとか。
おっ、ちょっと待ってろよ……。

ほら。これが徳兵衛から預かってた金だ。
もし足りねえようなら、俺も出すから、遠慮なしに言ってくれ。
ありがとうございます。
お金を預かった聚楽は、さっそく小洒落た着物を買いに出かけました。

さて、それからしばらくして、床屋と湯屋から帰ってきた徳兵衛は、聚楽と合流。
買ってきてもらった着物に袖を通すと、なんとか見られる格好になりました。
ただ、履き物だけは良い物を揃えられなかったため、親方の下駄を借りることに。

これで準備が整ったので、徳兵衛と聚楽は、意気揚々と吉原へ向かいます。
徳さん。
吉原では、正直に「搗き米屋の職人だ」なんて言ったら相手にされませんから、「木更津の大尽」ということにしましょう。
木更津の「大蛇」?
「大尽」です。
お金持ちのことですよ。
なるほど。
たしかに、俺は今、10両も持ってるからな。
まぁ、10両くらいじゃ大尽とは言えないんですが……。
あと、気をつけなくちゃいけないのが、あなたの「手」だ。
俺の手?
毎日、杵を握ってるから、豆だらけでしょ?
それを見られると、どこかの職人だとバレちまいます。
だから、鼓(つづみ)の稽古をしてると言ってください。

わかった。

こうして、聚楽が大尽としての振る舞い方を教えているうちに、吉原に到着します。
彼らがまず向かったのが、「引手茶屋」というところ。
格の高い花魁に会うには、直接店に行くのではなく、こういう茶屋を通すのがしきたりでした。
こんちは。
おやまあ、聚楽さん。
いらっしゃい。
今日は、木更津の大尽の取り巻きで来たんで。
そうかい。
旦那さまは、どちらに?
あそこです。

あんなところに立たせてないで、早く中へ案内しなさいよ。
へえ。
旦那は、小稲花魁をお名指しなんで、空いてるか聞かせにやってくださいね。
わかったよ。
さあ、旦那!どうぞこちらへ。
ごめんください。
鼓の稽古を……。
それはまだ早いよ!
早く入って!

こうして、茶屋の中へ案内された徳兵衛。
部屋に入ると、すぐに店の若い衆がやってきました。
あの……お履き物が足りないようなのですが……。
あれ?旦那、履き物はどうしました?
懐へ入れてきたよ。
なにやってるんです!
そんなとこ入れちゃダメだよ!
そうなの?
若いもんに預けてください!
でも、無くなりやしないかな?
これは、親方から借りた、大事な下駄なんだよ。
大丈夫ですよ。
さあさあ、早く渡してくださいね。
こんな具合に、聚楽は「いつボロが出るか」と冷や冷やしながら、なんとかやり過ごしました。
そうして、しばらくすると、花魁のお迎えがあり、徳兵衛は妓楼に上がります。

楽しい時間というのは、あっという間に過ぎるもの。
烏カァで夜が明けて、夢見心地で家に帰ってきた徳兵衛は、抜け殻のようになってしまいました。
寝ても覚めても頭に浮かぶのは小稲のことばかりで、仕事に手が付きません。

おい、徳兵衛!
ぼーっとしてねえで、手を動かせ!
……へえ。
おいおい。
あの日から、病が良くなるどころか、悪くなってるじゃねえか!
へえ。
……もういい。
今日はもう上がって、飯食って早く寝ちまえよ。
へえ。

その日の夜。
徳兵衛が布団に入ろうとすると、近くの家から三味線の音が聞こえてきました。
そこで流れていたのは、「梅が枝の手水鉢(ちょうずばち)」という曲。
「梅が枝という名の遊女が“無間の鐘”の代わりに手水鉢を叩いたら、300両が出てきた」という浄瑠璃の場面を歌ったものです。
静岡県の観音寺にあった鐘のこと。この鐘をつくと、現世では莫大な富を得られるが、来世は無間地獄に落ちるという伝説があった。
……。
この歌みたいに、手水鉢をぶっ叩いたら、金が出てきたりしないかな?
金さえあれば、また小稲に会えるんだが……。
そう思った徳兵衛は、布団を抜け出し、家の外にある手水鉢へ向かいます。

でも、たしか金が出てきたら、来世は地獄行きなんだよな……。
……。
まぁ、いいや!
小稲にもう一度会えるなら、地獄でもなんでも行ってやらぁ!
意を決した徳兵衛は、置かれていた柄杓を手に取り、手水鉢を力強く叩くと……
不思議なことに、小判が降ってきました。

それをかき集めたところ、なんと総額270両。
あれ?
梅が枝が叩いたときは、300両出たというが……30両ばかし足りねえな。
……そうか、わかった!
「一割の搗き減りだ」
ー完ー
「搗屋無間」のオチ(サゲ)
あらすじの冒頭で触れた通り、江戸時代の搗き米屋では、玄米を精米した際に、重さが1割ほど減ってしまい、このことを「搗き減り」といいます。
噺のオチでは、お望みどおり、大金を手にした徳兵衛でしたが、「搗き米屋」という商売が災いして(?)、本来の額から1割引かれてしまいました。
ちなみに、この搗き減りの割合は、「搗き米屋」側の儲けを多くするため、「2割」とされることもあったようです。
そのため、落語家によっては、最後の金額を「2割減」の「240両」にしたりします。
「搗屋無間」の豆知識
- 演者によって、花魁の名前を「丸山花魁」とすることもある。
- また、最後に叩くのを「手水鉢」ではなく、搗き米屋の仕事に使う「臼」にすることも。
- 別題は「搗屋問答」「無間の臼」。
- 原話は蜀山人の『春笑一刻』という本にあるとされる。
- このネタは、八代目 春風亭柳枝が得意とした。
落語に興味をお持ちのすべての方にオススメしたいのが、『昭和元禄落語心中』というアニメです。
この作品は、雲田はるこさん原作のマンガをアニメ化したものなのですが、落語の魅力が「これでもか!」というほど、たっぷり詰まっています。
まず注目すべきは、声優陣の豪華さ。
- 関智一:スネ夫(ドラえもん)etc.
- 石田彰:渚カヲル(エヴァンゲリオン)etc.
- 山寺宏一:ジーニー(アラジン)etc.
- 林原めぐみ:灰原哀(名探偵コナン)etc.
- 山口勝平:ウソップ(ONE PIECE)etc.
そして、高座のシーンの演出は、まるで寄席の中にいるような気分になってきます。
落語に少しでも興味があれば、ハマること間違いなしですので、ぜひ観てみてください!
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