「この偽り者め！立ち去れ！」
「禁酒番屋」のあらすじ
話の舞台は、とある藩。
そこの家臣があるとき、酒の席で大喧嘩をしたため、殿様は家中に「禁酒」を命じます。
その徹底ぶりは、藩士たちの屋敷がある「武家町」に酒を持ち込ませないため、庶民の家や商店のある「城下町」との間に、監視用の「番小屋」を設けるほどでした。
これに困ってしまったのが、家臣一の酒好きである「近藤」という男です。
彼はある日、どうしても我慢できなくなり、城下町の酒屋で一杯飲んでしまいました。
ただ、酒が強い近藤は、少しくらい飲んでも、顔色は変わりません。
帰宅する際には、素知らぬ顔で番小屋の前を通ってみたところ、案の定、お咎めなし。
これに味をしめた近藤は、城下町で酒を飲むのが日課になり、しだいに酒量も増えていきます。
その日も、いつもの酒屋で酒をしこたま飲んだ近藤。
上機嫌になった彼は、店の番頭に「あとで俺の家に、寝酒用の酒を一升持ってこい」と言いつけました。
困ったなぁ……。
番頭さん。浮かない顔して、どうしたんです？
いやね。さっき、馴染みの近藤様に「家まで酒を届けろ」って頼まれちゃったんだよ。
武家町に酒なんて持ち込んだら、番小屋でお役人に捕まって、叱られるに決まってる。
そういうことなら、あたしに任せてください！
番小屋を上手くやり過ごして、酒を届けてみせます。
どうやって持っていくつもりなんだ？
まず、横丁の菓子屋でカステラを買ってきます。
それで、その包みの中身を酒に入れ替えて持ち込むんです。
上手くいくかね？
大丈夫ですよ。任せてください！
こうして若い衆は、菓子屋に行って準備を整えてから、武家町との境にある番小屋に向かいます。
お願いでございます。
そのほうは？
横丁の菓子屋でございます。
近藤様から、カステラのご注文をいただきました。
家中屈指の酒飲みである近藤氏に、カステラ？
念の為、中を取り調べてもよいか？
水引がかかっておりますので、これを解いてしまうのは……。
ふむ。それならば、仕方あるまい。
このまま通ってよろしい。
ありがとうございます。
どっこいしょ。
これ、待て。
はい？
今、荷物を持ち上げる際に「どっこいしょ」と申したな？
カステラは、それほど重くはないはずだ。
いや、あの……。
あやしいな。
やはり、中を取り調べさせてもらう。
おい！徳利が入ってるじゃないか！
あの……これは……新しくできました、「水カステラ」という菓子で……。
そのようなものは、聞いたことがないな。
取り調べのため、少し飲ませてもらう。
そう言って、役人は徳利の中身を茶碗に出し、ごくごくと飲み始めました。
こら！かようなカステラがあるか！
この偽り者めが！立ち去れ！
ただいま帰りました。
おう、どうだった？
……ダメでした。
酒とバレて、ガブガブ飲まれちまいました。
何やってんだよ！
番頭さん！
なんだ？
次は、あたしに行かせてください！
何かいい案でもあるのかい？
ええ。
あたしは、そのまま徳利を下げて持っていこうと思います。
それじゃあ、すぐに酒とバレるじゃないか。
いや、そこは「油屋」に扮して、徳利にも「油」と書いていくんです。
それで大丈夫かね？
大丈夫ですよ。任せてください！
こうして、次の若い衆は、油屋の格好をして番小屋に向かいました。
お願いでございます。
えー、そのほうは？
横丁の油屋でございます。
近藤様から、油をご注文いただきました。
……また近藤氏か。
中をあらためさせてもらう。
いや、これは油で……。
いいから、貸しなさい。
本当に油なんです！
それはわかったから、早くよこしなさい！
そう言って、役人はさっきと同じように徳利の中身を茶碗に出し、ごくごくと飲み始めました。
こら！かような油があるか！
この偽り者め！立ち去れ！
ただいま帰りました。
おう、どうだった？
……ダメでした。
酒とバレて、ガブガブ飲まれちまいました。
さっきと全く同じじゃないか！
なにやってるんだい！
番頭さん。
なんだ？
次は、あたしに行かせてください。
もうダメだよ！
さっきと今とで、合わせて2升も飲まれちまったんだ！
いや、あたしは酒なんか持っていきません。
なに？
じゃあ、何を持っていくんだ？
小便です。
は？
小便を持って行きます。
お前は、何を馬鹿なこと言ってるんだよ。
そんなものをもし、お役人が飲んじまったら、大変なことになるよ！
大丈夫ですよ。
こっちは「小便だ」と言って、小便を持っていくんです。
それを飲むんだから、向こうが悪い。
……なるほど。
たしかに、それはそのとおりだが……。
番頭さん、これは仇打ちです！
あたしに行かせてください！
そう言って、この若い衆は、徳利に自分の小便を入れて、番小屋に向かいました。
お願いでございます。
うい〜、そのほうは〜？
だいぶ、ご機嫌でございますね。
なにぃ？よけいなことを申すなぁ！
いずれへ参るぅ？
近藤様のところへ。
なんだ、懲りぬな〜。
今度は、何の注文だぁ？
小便です。
は？
なんでも、庭の松の肥料にするそうで……。
本当かぁ〜？
中身をあらためるから、ここに出しなさい。
はい。どうぞ。
なんだか、温かいな……。
そうか、お燗してきたのか！
そう言いながら、役人は徳利の中身を茶碗に出します。
なんだか、泡立ってるねぇ。
さては、いい酒じゃないなぁ〜？
そうして茶碗を口元に持ってきたところで、やっと小便だと気付いた役人。
うわっ！！
この臭いは、小便じゃないか！
ええ。
ですから、はじめから小便と申しております。
う、たしかに！
お前は、けしからん奴だな！
「この正直者め！」
ー完ー
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「禁酒番屋」の豆知識
- 別題は「禁酒関所」。
- かつては上方落語だったものを、三代目 柳家小さんが江戸に持ち込んだとされる。
- このネタは、五代目 柳家小さんが得意としていた。
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