『侏儒楽(しゅじゅらく)』は、太宰治が中学生の頃に発表した、アフォリズム形式の作品です。
本記事では、『侏儒楽』の概要や名言、注目ポイントなどをお伝えします。
『侏儒楽』の概要
『侏儒楽』は、太宰が中学3年生(数え年で18歳)のときに、自身が中心となって立ち上げた「蜃気楼」という同人雑誌の2月号から3回にわたって連載された作品です。
各号での署名は、下記のとおりでした。
- 2月号:辻魔首氏
- 4月号:X・Y・Z
- 5月号:X・Y・Z
『侏儒楽』は、「アフォリズム」と呼ばれる形式の作品です。
「アフォリズム」とは、日本語では「箴言」と訳される、道徳的な格言や教訓などを端的に書き表したものです。
以下では、『侏儒楽』に登場する気になる言葉を見ていきます。
『侏儒楽』の名言
自分の一番苦しいのは、おかしくもないのにさもおかしいようにして笑わねばならぬ時である。
自分が死んでも社会の誰もが悲しまないと自分が知った時には自分は即ち死ぬものである。
いい気になって、むやみに自分を卑下するヤツは世の中で一番のいくじなしだ。他人をトヤカク言えばその人に恨まれはしまいかとビクビクして居る、それでも悪口は言いたい。結局自分の悪口を言わねばならぬわけになる。自分の悪口を言うのは誰にも恨まれる心配がないからナ。
『ホントに善良な人ばかり居る世界に行きたい』『退屈じゃないかネ』
万人に信仰されて居る大人物の言葉を、そのまま乞食が言ったら誰も感心するものがなかったそうだ。
その人がよいと思って行った事があったとする。もしそれが大いにまちがったことであったとしても自分はそれを許すつもりだ。
転んで居るものを、むりに助け起してやる必要はない。その者が立てないのなら一旦は起してやってもすぐに又転んでしまうだろう。なんにもならない。立てる力のあるものなら誰もかまわんでも、独りで立ちもするし歩きもするよ。勿論これは理屈っぽい話ではあるが……
自分は自分というものを外から、ながめて見たくてたまらない。先ずここに自分がある、それと同じーー何から何迄等しいーー人、即ち自分があるとする。そして自分というものを見る。自分は自分を、どう見るだろう。
死ぬ。生きる。その区別のつくのは『ナイフ』を手に持ってそれを自分の腹に二三寸近寄せるか、或はそのまま持って居るかにある。
人はなぜ死というものを恐れるのだろう。永い眠りだと思えばなんでもないじゃないか。……と言った男があった。
『侏儒楽』の注目ポイント
『侏儒楽』には、以下の言葉が出てきます。
俺はホントは実にいい男なんだヨ、ラモン・ナバロともバレンチノとも似て居るんだよ、だが俺はわけがあって御覧の通りの醜い仮面を被って居るんだ。力も強いんだ。頭だって、とてもいいんだよ。だが故があって隠してるんだ……なんて考えて御覧。神経衰弱が、なおるよ。
ここで登場するラモン・ナバロとバレンチノは、現在ではそれぞれ「ラモン・ノヴァロ」と「ルドルフ・ヴァレンティノ」と呼ばれる、当時のイケメン映画俳優です。
▼ラモン・ノヴァロ
出典:ウィキペディア「ラモン・ノヴァロ」(パブリック・ドメイン)
▼ルドルフ・ヴァレンティノ
出典:ウィキペディア「ルドルフ・ヴァレンティノ」(パブリック・ドメイン)
『侏儒楽』を発表した数年後、高校生になった太宰は、ここで書いたことを実践するためか、自分の写真に「いい男だろ」と書いて、周りに配っていました。
▼左下に「いい男だろ 小菅銀吉」と書かれている。「小菅銀吉」は、太宰が高校時代に用いたペンネームの1つ。
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
芥川龍之介の『侏儒の言葉』からの影響
『侏儒楽』は、そのタイトルからもわかるとおり、芥川龍之介の『侏儒の言葉』から大きな影響を受けています。
この『侏儒の言葉』は、芥川が文藝春秋で連載していたアフォリズムで、有名なフレーズとしては、以下のものがあります。
人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。
▼『侏儒の言葉』は下記の文庫で読めます。
同人雑誌「蜃気楼」の主幹だった太宰は、文藝春秋をお手本にしており、その一環でこの『侏儒楽』を書いて掲載していたものと思われます。
また、「蜃気楼」という雑誌名自体も、『侏儒の言葉』の下記の章から取ったようです。
幻滅した芸術家
或一群の芸術家は幻滅の世界に住している。彼等は愛を信じない。良心なるものをも信じない。唯昔の苦行者のように無何有の砂漠を家としている。その点は成程気の毒かも知れない。しかし美しい蜃気楼は砂漠の天にのみ生ずるものである。百般の人事に幻滅した彼等も大抵芸術には幻滅していない。いや、芸術と云いさえすれば、常人の知らない金色の夢は忽ち空中に出現するのである。彼等も実は思いの外、幸福な瞬間を持たぬ訳ではない。
事実、これに呼応するように、『侏儒楽』に登場する最初の箴言は、「アッ蜃気楼が……」から始まる以下のフレーズでした。
アッ蜃気楼が…… 彼等のうちの一人が海のかなたを指さして叫ぶ。『オーー』皆がこれに応じる。蜃気楼ーー始めのウチはボーとして居る。併しだんだんハッキリして来る。それは暖い田舎家である。そしてその中から楽しげな笑声がもれて来るような気がする。なつかしく、麗しく、又気高く大海原のマンナカに超然として輝いて居る蜃気楼ーー見て居る彼等の眼は皆、讃頌の念に輝いて居る。彼等は今、この蜃気楼がまだまだ消えて呉れねばいいと思って居る。皆そう思って居る。彼等は少しでも永くその蜃気楼を見て居たかったから。
『侏儒楽』を読むには
『侏儒楽』は、「決定版 太宰治全集」の「1巻 初期作品」に収録されています。
ただし、この書籍は出版社では品切れ(絶版?)になっているようで、古本で購入する場合も高額です。
このため『侏儒楽』は、「決定版 太宰治全集」が揃っている図書館で閲覧することをおすすめします。
図書館で定められているルール内であれば、コピーすることもできるはずです。
まとめ
本記事では、『侏儒楽』の概要・名言・注目ポイントなどをお伝えしました。
なお、記事を執筆するにあたっては、以下の書籍を参考にしています。
- 『評伝 太宰治〈上・下〉』相馬正一.津軽書房,1995
- 『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治.新潮社,1983
- 『太宰治の年譜』山内祥史.大修館書店,2012
- 『太宰治大事典』志村有弘・渡部芳紀.勉誠出版,2005
それぞれの書籍の概要については下記の記事にまとめていますので、ご興味のある方は、併せてご覧ください。
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