『虚勢』は、太宰が中学3年生の頃に書いた戯曲です。
本記事では、この作品のあらすじ・登場人物・執筆背景などをお伝えします。
なお、『虚勢』は新潮文庫の『地図―初期作品集―』という著作集に収録されています。
『地図―初期作品集―』には、『虚勢』のほかにも、太宰が学生時代に書いた作品が多数収録されていますので、気になる方は下記から購入して読んでみてください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
『虚勢』の登場人物と設定
【登場人物】
中田貞一:21歳の盲目の青年。父の英太郎と先妻との子。アサは継母にあたる。
中田英太郎:貞一の父。
中田アサ:貞一の継母。
中田伸二:英太郎とアサの間の子で、貞一の腹違いの弟。8歳。
【時代】
明治から大正にかかる頃
【場所】
東京
『虚勢』のあらすじ
『虚勢』は、第一場と第二場の2部構成になっています。
第一場
舞台は、こざっぱりとした家の茶の間。
部屋の真ん中では、アサが針仕事をしており、その横で貞一が眠っている。
そこへ、伸二と一緒に祭りへ行っていた英太郎が、眠ってしまった伸二を背負って帰ってきた。
アサは伸二を抱き上げて布団に入れてやると、英太郎と世間話を始める。
そこでアサは、「近所に盲目を治せる医者がいるらしい」という話を持ち出した。
その話を聞き、嬉しそうな顔をしながらも、口ではその医者へ貞一を連れて行くことを渋る英太郎。
しかし、アサの勧めもあって結局、貞一を診てもらうことにしたのだった。
第二場
明くる日、ひとり家で待つアサのもとに、英太郎が貞一を病院から連れて帰ってきた。
しかし、貞一はなかなか茶の間に入ってこようとしない。
そこで英太郎が無理に引っ張ってくると、貞一は「僕はこんな汚い家にいたくない」と言い出す。
「お前は、なぜこの家が気に入らないのか」
英太郎にそう聞かれた貞一は、一気に自分の感情を吐き出した。
「僕は自分の目が開いたら、両親がどんな顔をしているのか、東京がどれほど美しい街なのか、見るのを楽しみにしてました」
「でも、病院で治療が終わったとき、僕の目に飛び込んできたのは、パッとしない中年だった父の顔。帰り道で目の当たりにしたのは、落書きだらけで汚い東京の街並み」
「さらに、家に着いて、ふと鏡が目に入ったときには驚愕しました。自分の顔があまりに醜かったからです」
「そして先ほど、戸の隙間から母の顔が見えたときには、たまらなくなって泣いてしまいました」
「ああ、僕はもとの盲目に戻りたい」
こう捲し立てた貞一は、「そもそも、盲目を治すという医者の話を持ち出した母が悪い」と、今度はアサを責め始める。
それを聞いて、泣いてしまうアサ。
気まずさからか、全員が無言になり、英太郎はヨロヨロと茶の間から出て行った。
その後、突然、薬の瓶を持って戻ってきた英太郎は、その中の薬品を貞一にかけようとする。
慌てて逃げる貞一を、英太郎はしつこく追いかけた。
「貞一、待て。盲目になるのは、お前のためなんだ」
「父さん、ダメです。せっかく目が治って……」
こう言いかけた貞一は、狼狽の色を顔に浮かべながら、玄関のほうへ逃げて行ったのだった。
『虚勢』が執筆された背景
『虚勢』は、太宰が中学3年生(数え年で17歳)のとき、「星座」という同人雑誌に、「辻魔羞児」の筆名で発表した作品です。
この「星座」という雑誌は、半年ほど前に『最後の太閤』を発表して自信をつけた太宰が、自分で仲間を集めて創刊しました。
本作は、戯曲という演劇の台本の形式で書かれていますが、これには太宰の「演劇好き」が関係しています。
太宰は小さい頃から芝居を見るのが好きで、『思い出』という太宰が自分の幼少期を振り返って書いた作品では、下記のようなシーンも出てきます。
村の芝居小屋の舞台開きに東京の雀三郎一座というのがかかったとき、私はその興業中いちにちも欠かさず見物に行った。(中略)その興行が済んでから、私は弟や親類の子らを集めて一座を作り自分で芝居をやって見た。
『思い出』太宰治
『虚勢』で気になる言葉
めくらであったならば、もとのようなめくらであったならば、こんな人達に笑われても、又父の悪い風采にも、東京の汚さにも、何も気がつかなかったろう、そして幸福であったろうとめあきになったのを僕はホントに悔いました。
これは、目が見えなかったときには世の中を美化していた貞一が、現実を目の当たりにして絶望し、両親へ感情的に捲し立てたシーンでのセリフです。
生きていると、「知らなければよかった」と思うようなことは、たくさんあるもの。
私の実感としては、特に社会人になってから、そう感じることがどんどん増えてきます。
このことに、今でいう高校生くらいの年頃で気付いた太宰は、やはり早熟な青年だったといえそうです。
『虚勢』の考察
「虚勢」という言葉を辞書で引いたところ、下記の説明がされていました。
自分の弱みを隠すために、うわべだけ勢いが有るように見せかけること。
新明解国語辞典 第七版
タイトルの「虚勢」は、主人公の貞一が「盲目のままでいたほうが良かった」と両親に散々、悪態をつくシーンを指すものと思われます。
それでは、貞一が虚勢を張って隠したかった「弱み」とは、一体何なのでしょう。
これを知るためのヒントは、父親に薬品をかけられそうになって逃げ回る貞一が最後に漏らした、「せっかく目が治って……」というセリフにあります。
貞一はこの言葉に続けて、「これから新しい人生が始まるのに」といったような、未来への希望を表す言葉を発しようとしていたのではないでしょうか。
そして、この「未来への希望」こそが、貞一が隠したかったものだと、私は推測します。
容赦のない現実を目の当たりにして感じた失望感。
それでも捨てきれない未来への期待。
この矛盾を隠したくて、貞一は虚勢を張ったのだと思いました。
まとめ
ここでは、『虚勢』のあらすじ・登場人物・執筆背景などを紹介しました。
本記事をご覧になって、この作品に興味が出てきた方は、ぜひ実際に本を手に取って読んでみてください。
『虚勢』は、下記の新潮文庫に収録されています。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
目次:
最後の太閤
戯曲 虚勢
角力
犠牲
地図
負けぎらいト敗北ト
私のシゴト
針医の圭樹
瘤
将軍
哄笑に至る
口紅
モナコ小景
怪談
掌劇 名君
股をくぐる
彼等と其のいとしき母
此の夫婦
鈴打
哀蚊
花火
虎徹宵話
*
断崖の錯覚
あさましきもの
律子と貞子
赤心
貨幣
*
洋之助の気焔
なお、記事を執筆するにあたっては、以下の書籍を参考にしました。
- 『評伝 太宰治〈上・下〉』相馬正一.津軽書房,1995
- 『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治.新潮社,1983
- 『太宰治の年譜』山内祥史.大修館書店,2012
- 『太宰治大事典』志村有弘・渡部芳紀.勉誠出版,2005
それぞれの書籍の概要については下記の記事にまとめていますので、ご興味のある方は、併せてご覧ください。
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— コカツヨウヘイ|元司書のライター (@librarian__y) September 5, 2023















