『地図』は、太宰治が中学生のときに、「蜃気楼」という同人雑誌で発表した作品です。
本記事では、『地図』のあらすじや注目ポイントなどをお伝えします。
なお、この作品は新潮文庫の『地図―初期作品集―』に収録されています。読んでみたい方は、ぜひ下記からお買い求めください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
『地図』のあらすじ
舞台は、江戸時代の首里城。
その大広間で、首里の名主といわれている謝源が、側近の郭光のお酌で泡盛を飲みながら、くつろいで座っている。
謝源は今夜ほど、自分が大きく見えたことがない。
彼は5年にもわたる悪戦苦闘の末、ついに石垣島を占領することに成功したのだった。
この日は、その戦勝を祝した宴が開かれていた。
上機嫌の謝源のもとへ、2人のオランダ人が祝いの品を持ってくる。
この2人は、8年前に沖合で難破していたところを救われ、謝源に世話してもらった過去があった。
一度、母国に帰っていた彼らは、再び日本へ来る途中で今回の戦勝を聞きつけたらしい。
オランダ人たちは、謝源へ祝いの言葉を述べると、紫の布に包まれた品を差し出した。
包みの中に入っていたのは、当時としては大変珍しかった世界地図。
その地図を見た謝源は、オランダ人たちに「わしの領土はどこじゃ?」と尋ねたが、「小さすぎて、世界地図には書かれていない」とのこと。
これに気を悪くした謝源は、酒をあおると、オランダ人にも飲むよう勧めた。
しかし、オランダ人は「私は日本酒は飲めません」と、追従笑いまじりに断る。
そこでとうとう激怒した謝源は、持っていた盃を投げつけ、2人のオランダ人の首をはねてしまった。
この事件がきっかけで、謝源は自暴自棄に陥り、飲酒や殺生を繰り返す毎日を送る。
側近の郭光が責任を取って切腹したことさえ、謝源には何の反省も与えなかった。
やがて、琉球王国の人々は謝源を恐れ、憎むようになる。
さて、そんなことをしているうちに、あんなに苦労して勝ち取った石垣島も、容易く取り返されてしまう。
しかし、謝源は少しも残念がる様子がなく、ある晩こっそりと小舟で首里から逃げてしまった。
彼がどこへ行ったのかは、誰も知らない。
数ヵ月後、石垣島の王の屋敷の片隅に、世界地図が落ちているのが発見された。
その地図の所々には、薄い血痕のようなものが付いていたという。
『地図』が執筆された背景
『地図』は、太宰が中学3年生(数え年で17歳)のときに、自身が中心になって立ち上げた「蜃気楼」という同人雑誌の11月12月合併号で発表されました。
▼「蜃気楼」11月12月合併号
出典:『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治,新潮社,1983,p.50
本作を発表したときの署名は、本名の「津島修治」です。
『地図』の登場人物
- 謝源:琉球王国の王。
- 郭光:謝源の側近。
- 2人のオランダ人:沖合で難破していたところを救われ、謝源の世話になった。
『地図』における注目ポイント
『地図』には、当時の太宰がよく読んでいた、菊池寛と芥川龍之介からの影響が色濃く見られます。
菊池寛の『忠直卿行状記』からの影響
『地図』には、菊池寛の『忠直卿行状記』からの影響が随所に見られます。
この『忠直卿行状記』は、『地図』が書かれる7年ほど前に発表されており、菊池寛が世間からの脚光を浴びるきっかけになった作品です。
『忠直卿行状記』の簡単なあらすじは、下記のとおりです。
大坂の陣で武功をあげた越前国(現在の福井県の北東部あたり)の大名、松平忠直。
それを祝して、城の大広間では宴会が行われ、催し物として「槍の試合」が開かれた。
その試合には、忠直自身も参加して、何人もの相手を倒す大活躍をする。
しかし、その後、たまたま忠直に負けた家臣たちが内緒話をしているのを耳にし、彼らはわざと負けていたことが判明。
それからというもの、忠直は他人を信じられなくなってしまった。
翌日には、本物の槍で試合をすると言い出し、内緒話をしていた家臣を試合中に突き刺して怪我をさせると、彼らは自分たちの話が忠直の耳に入ってしまったことを悟って切腹。
その後、忠直は武芸の稽古をしなくなり、酒に溺れるようになったのだが、それを側近に指摘されると激昂し、酒の入った盃を投げつけた。この側近も、責任を取って切腹をする。
このような忠直の乱心は、すぐに噂となって城中に広まった。
彼の愚行は日を追うごとに酷くなり、夫のいる女性を愛人として自分の側に囲む始末。
ついには、このことが幕府の耳にまで届き、忠直は越前国の藩主から降ろされ、豊後国(現在の大分県)へ流されることになった。
その地で忠直は、亡くなるまで静かに暮らしたという。
▼『忠直卿行状記』は、下記の岩波文庫に収録されていますので、気になる方は下記からお買い求めください。
この『忠直卿行状記』と『地図』は、どちらもジャンルが「歴史小説」であり、宴会がターニングポイントになっている点でも共通しています。
また、その他にも、以下のような類似点があります。
- 酒の入った盃を投げつけるシーンがある
- ショックを受けた主人公が酒に溺れる
- 家臣が切腹をする
- 主人公の乱暴狼藉が噂となって広がる
さらには、文章表現でも、太宰は『忠直卿行状記』を参考にしています。
一例として、『地図』の冒頭と『忠直卿行状記』の2章の冒頭を見比べてみましょう。
▼『地図』の冒頭
琉球、首里の城の大広間は朱の唐様の燭台にとりつけてある無数の五十匁掛の蝋燭がまばゆい程明るく燃えて昼の様にあかるかった。
▼『忠直卿行状記』の2章の冒頭
越前北の庄の城の大広間に、いま銀燭は眩いばかりに数限りもなく燃えさかっている。
また、以下の主人公が激昂するシーンもそっくりです。
▼『地図』の激昂の描写
全身の血が一度に血管を破って体外にほとばしり出たような感じがした。眼玉の上がズキンとなにかで、こ突かれたような気がした、全身がブルブル震ったことも意識した。
▼『忠直卿行状記』の激昂の描写
忠直卿は、生れて初めて、土足をもって頭上から踏み躙られたような心持がした。彼の唇はブルブルと顫え、惣身の血潮が煮えくり返って、ぐんぐん頭へ逆上するように思った。
以上を見るに、太宰は『地図』を書くにあたり、『忠直卿行状記』を強く意識していることが読み取れます。
芥川龍之介の『羅生門』との共通点
先ほど見てきた『忠直卿行状記』ほどではありませんが、『地図』には芥川龍之介の『羅生門』とも似たような描写があります。
該当箇所は、石垣島を取り返された謝源がひっそりと小舟で逃げるシーンです。
太宰はその後の謝源について、以下のように書いています。
どこに行ったか一人も知って居るものがなかった。
これは、『羅生門』のラストとして有名な、以下の一文をオマージュしているものと思われます。
下人の行方は、誰も知らない。
まとめ
本記事では、『地図』のあらすじや注目ポイントを紹介しました。
本作品は、新潮文庫の『地図―初期作品集―』に収録されていますので、興味がわいた方はぜひ下記から購入して読んでみてください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
目次:
最後の太閤
戯曲 虚勢
角力
犠牲
地図
負けぎらいト敗北ト
私のシゴト
針医の圭樹
瘤
将軍
哄笑に至る
口紅
モナコ小景
怪談
掌劇 名君
股をくぐる
彼等と其のいとしき母
此の夫婦
鈴打
哀蚊
花火
虎徹宵話
*
断崖の錯覚
あさましきもの
律子と貞子
赤心
貨幣
*
洋之助の気焔
なお、記事を執筆するにあたっては、以下の書籍を参考にしました。
- 『評伝 太宰治〈上・下〉』相馬正一.津軽書房,1995
- 『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治.新潮社,1983
- 『太宰治の年譜』山内祥史.大修館書店,2012
- 『太宰治大事典』志村有弘・渡部芳紀.勉誠出版,2005
それぞれの書籍の概要については下記の記事にまとめていますので、ご興味のある方は、併せてご覧ください。
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