『名君』は、太宰治が中学生の頃に、同人誌の「蜃気楼」で発表した戯曲です。
本記事では、『名君』のあらすじや執筆された背景などをお伝えします。
なお、『名君』は新潮文庫の『地図―初期作品集―』に収録されています。
ご興味のある方は、下記から購入して、読んでみてください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
『名君』の登場人物と舞台設定
【登場人物】
殿様:南国の大きな城の主。認知症の疑いがある。
重臣A、B:殿様の家来。ともに年齢は50歳を過ぎている。
妖婦:彼女が訪れた国はすべて滅亡するという、絶世の美女。
【時代】
戦国時代
【場所】
南国の城
『名君』のあらすじ
城の居間で、殿様は目をどろんとさせながら、口をポカンと開けて寝そべっていた。
部屋の床には紙が散乱しており、殿様は1枚取っては2つに割き、それを一度重ねてから、その辺にポイと投げ捨てている。
その頃、城の詰所では、重臣AとBが、訪ねてきた妖婦(美女)を殿様に会わせるべきか否かを相談していた。
そこへ突然、殿様が現れる。
そして、「すぐにその女性を呼んでこい」と重臣の2人に命令した。
さっそく、殿様の居間に通された妖婦は何も言わず、顔に笑みを浮かべている。
殿様は黙りっぱなしの妖婦に、「一番恐ろしいものは何かな?余は熊じゃ」と話を振った。
これに対して、妖婦は「女の罪です」と答える。
殿様が詳しい話を聞くと、妖婦は涙ながらに「私は自分の罪の深さを思うと、死ぬほど辛いのでございます。私はつくづく我が身の恐ろしさを知りました」と語り出した。
そしてついには、「私を殺してくだされ。殿様に殺されても、恨みはございませぬ」と言い出す。
この言葉を聞いた殿様は、妖婦をじーっと見つめると、おもむろに刀を抜いて、彼女の脇腹へ突き刺した。
そして、息絶えた彼女に対して、殿様は一瞬だけ緊張した顔をしたものの、すぐに口をポカンと開けてこう言い放った。
「これが熊より恐ろしいものかな。エヒッエヒッ」
殿様の笑い声が響くなか、重臣AとBは互いに頷き合って、立ち上がった。
『名君』が執筆された背景
『名君』は、太宰治が中学4年生(数え年で19歳)のときに、同人雑誌の「蜃気楼」1月号で発表した、中学時代に書いた最後の作品です。
▼「蜃気楼」1月号
出典:『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治,新潮社,1983,p.51
発表したときの署名は、本名の「津島修治」の“島”の表記を変えた、「津嶋修治」でした。
ちなみに、「蜃気楼」1月号に掲載された際の正式なタイトルは、『(掌劇)名君』であり、目次での表記は『名君(戯曲)』です。
この「蜃気楼」1月号は、太宰が中学を卒業する直前の昭和2年(1927年)2月に刊行され、高校受験も近かったことから、編集後記には「四月号から又始めたいと思って居る」と書かれていました。
しかし、太宰が高校に進学して以降、「蜃気楼」が刊行されることはなく、結局、この号が最終号となってしまいました。
『名君』における注目ポイント
『名君』では、太宰の作品としては初めて、「女性」が重要な人物として登場します。
これには、太宰の「初恋」が関係していると考えられます。
『名君』を書いた当時、中学生だった太宰は、津島家の実家で小間使いとして働いていた「宮腰トキ」という名の3歳年下の娘に恋をしていました。
「宮腰トキ」は、家の中では苗字の「宮」の字を取って、「ミヤ」や「ミヤ子」と呼ばれており、太宰が後に発表する『思い出』という作品に出てくる「みよ」のモデルとなった女性です。
私がそのとしの夏休みに故郷へ帰ったら、浴衣に赤い帯をしめたあたらしい小柄な小間使が、乱暴な動作で私の洋服を脱がせて呉れたのだ。みよと言った。(中略)
そのころから私はみよを意識しだした。赤い糸と言えば、みよのすがたが胸に浮んだ。
宮腰トキへの思いを募らせた太宰は、『名君』を発表する3ヵ月ほど前、彼女に「自分が東京の高校へ行くことになったら、一緒に付いて来て欲しい」と伝えました。
この話を聞いたトキは、実は前から密かに太宰へ思いを寄せていたそうですが、「津島家の子どもと小間使いの自分では身分が違う」と感じ、太宰の申し出を断ります。
そして、このことがきっかけで、トキは津島家を去ってしまいました。
『名君』は、太宰が以上のような経験を経て、書いた作品です。
このことから、本作品には、初めて恋をした太宰が感じた、「女性の恐ろしさ」や「女性に夢中になった男の心理状態」が盛り込まれていると考えられます。
まとめ
本記事では、『名君』のあらすじや注目ポイントをお伝えしました。
この『名君』は、『地図―初期作品集―』という文庫本で読めますので、興味がわいた方は、ぜひ下記からお買い求めください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
目次:
最後の太閤
戯曲 虚勢
角力
犠牲
地図
負けぎらいト敗北ト
私のシゴト
針医の圭樹
瘤
将軍
哄笑に至る
口紅
モナコ小景
怪談
掌劇 名君
股をくぐる
彼等と其のいとしき母
此の夫婦
鈴打
哀蚊
花火
虎徹宵話
*
断崖の錯覚
あさましきもの
律子と貞子
赤心
貨幣
*
洋之助の気焔
なお、記事を執筆するにあたっては、以下の書籍を参考にしました。
- 『評伝 太宰治〈上・下〉』相馬正一.津軽書房,1995
- 『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治.新潮社,1983
- 『太宰治の年譜』山内祥史.大修館書店,2012
- 『太宰治大事典』志村有弘・渡部芳紀.勉誠出版,2005
それぞれの書籍の概要については下記の記事にまとめていますので、ご興味のある方は、併せてご覧ください。
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