『哄笑(こうしょう)に至る』は、太宰治が中学生のときに、同人雑誌の「蜃気楼」で発表した作品です。
本記事では、『哄笑に至る』のあらすじや注目ポイントをお伝えします。
なお、この作品は、新潮文庫の『地図―初期作品集―』に収録されていますので、読んでみたい方は、ぜひ下記からお買い求めください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
『哄笑に至る』のあらすじ
新聞を読んでいた僕は、「ホーーッ」と変な声を出してしまった。
というのも、その新聞には、驚くべき記事が載っていたのだ。
僕は弟を呼んで、新聞に「権太」が載っていることを教えてやった。
権太は、本名を「山田順造」といい、僕の実家の使用人だった男だ。
7、8人いる使用人のなかでは先輩格だった彼だが、お人好しな性格から、家の中での力は弱かった。
権太は芝居をするのが大好きで、僕も彼の演技を見たことがある。
そのときは、権太の顔が可笑しく、滑舌も悪くて何を言っているのかわからなかったから、笑いを堪えるのに必死だった。
また、権太は宗教家でもあり、あるときは5時頃に起きて、僕の家の仏壇の前でお経を唱えたこともあったのだが、声が大きすぎて僕の父に怒られて、3日も続かずにやめてしまった。
それから少しして、権太は小学校の先生になりたいと言い出す。
そこで、僕と一緒に朝4時に起きて、勉強をすることにした。
僕たち2人を起こしてくれるのは、女中の「タケや」。
しかし、2、3日もすると、タケやは僕に「権太のことは起こしたくない」と言ってくる。
なんでも、「権太は早起きしても勉強をせず、女中たちの部屋のほうを見てニヤニヤしているから気味が悪い」とのこと。
その後、権太の教員志望は立ち消えになっていった。
権太が家にいた頃は、僕の姉は女学校へ通っていて、たまに友達を連れてきた。
その友達を見ていた権太は、同じ使用人の吉造に奢ってもらったときに、恩返しとして「姉の友達は吉造に気がある」ということを言ったらしい。
これを聞いた吉造は、その話を真に受けて、姉の友達へ手紙を出してしまう。
それから間もなくして、姉から権太宛てに手紙が届く。
そこには、「権太が妙なことを言ったせいで、私の友達が吉造から手紙をもらって困っている」という叱責が書かれていた。
これを読んだ権太は顔を青くして、「私は吉造を騙したのです。すみません。終わり」とデカデカと書いた手紙を返す。
それには、さすがの姉も笑ってしまったそうだ。
そんな「権太」こと、本名「山田順造」の名が、新聞に載っている。
記事には、「山田順造(32歳)が詐欺で捕まった」と書かれていた。
これを見た僕と弟は、しばらく言葉を失ってしまった。
しかしそこで弟が、権太の年齢はまだ20代のはずで、新聞の年齢とは合わないということに気付く。
新聞に書かれている「山田順造」は、権太と同姓同名の別人だったのだ。
僕と弟はほっとして、お互いに目が合うと、大声で笑ったのだった。
と、ここまで書いた筆者に、東京にいる兄の利一から、こんな手紙が届いた。
「今度、同人誌に『苦笑に終わる』という作品を書いたから、読んでみろ」
自分はまだ『苦笑に終わる』を読んでいないが、今回『哄笑に至る』という作品を書いてみた。
『哄笑に至る』が執筆された背景
『哄笑に至る』は、太宰治が中学4年生(数え年で18歳)のときに、同人雑誌の「蜃気楼」7月号で発表した作品です。
▼「蜃気楼」7月号
出典:『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治,新潮社,1983,p.51
この作品を発表した際の署名は、本名の「津島修治」でした。
『哄笑に至る』の登場人物
- 僕:この小説の主人公。女中のタケやからは「シュウ」と呼ばれている。
- 泰二:僕の弟。
- 権太:本名は「山田順造」。僕の実家の使用人だった男。
- タケや:僕の実家にいた女中。年齢は20歳くらい。
- 吉造:権太と同じく、僕の実家にいた使用人。
『哄笑に至る』における注目ポイント
ポイント1. 登場人物のモデル
この『哄笑に至る』に登場する人物には、それぞれ実在のモデルがいます。
まず、主人公の「僕」は、筆者の太宰治がモデルです。
作中で僕は、女中のタケやから「シュウ」と呼ばれていますが、太宰も小さい頃は家の人から「修ちゃ」と呼ばれていました。
このことから、作中の「弟」は、太宰の唯一の弟である「礼治」がモデルだと考えられます。
当時、中学生だった2人は同じ学校に通っており、下宿先の部屋まで一緒でした。
▼礼治の写真
出典:『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治,新潮社,1983,p.5
また、女中として登場する「タケや」は、太宰の教育係だった、同名の「タケ」がモデルです。
物語の最後には「兄の利一」が登場しますが、これは太宰のすぐ上の兄の「圭治」のことだと考えられます。
▼圭治の写真
出典:『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治,新潮社,1983,p.4
圭治は東京で「十字街」という同人雑誌に参加しており、そこでのペンネームは「夢川利一」でした。
ポイント2. メタフィクションの技法が用いられている
『哄笑に至る』では、物語がひと段落ついた後に、一行空けて、下記の文で締め括られます。
東京に居る兄の利一からこんな手紙が来た。
「こんど同人雑誌十字街に俺が創作『苦笑に終わる』を書いてやったが、近頃の俺の自信がある作品といってよい。読んで見ろ」
自分はまだ「苦笑に終わる」を読んで見ない。
そして自分も「哄笑に終わる」を書いて見た。
この部分には「メタフィクション」と呼ばれる、「作中に作者自身を登場させる」という手法が用いられています。
メタフィクションは、芥川龍之介も用いた手法で、『羅生門』の下記の部分で、作者自身が物語に顔を出しています。
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。(中略)
『羅生門』芥川龍之介
作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。
▼『羅生門』は下記の文庫で読むことができます
太宰はこの『哄笑に至る』を書いた9年後、同じくメタフィクションの手法を用いて『道化の華』という作品を書きます。
まとめ
本記事では、『哄笑に至る』のあらすじや注目ポイントなどを紹介しました。
『哄笑に至る』に興味がわいてきた方は、ぜひ下記から『地図―初期作品集―』を購入して、読んでみてください。
書名:地図―初期作品集―
著者:太宰治
出版社:新潮社(新潮文庫刊)
目次:
最後の太閤
戯曲 虚勢
角力
犠牲
地図
負けぎらいト敗北ト
私のシゴト
針医の圭樹
瘤
将軍
哄笑に至る
口紅
モナコ小景
怪談
掌劇 名君
股をくぐる
彼等と其のいとしき母
此の夫婦
鈴打
哀蚊
花火
虎徹宵話
*
断崖の錯覚
あさましきもの
律子と貞子
赤心
貨幣
*
洋之助の気焔
なお、記事を執筆するにあたっては、以下の書籍を参考にしました。
- 『評伝 太宰治〈上・下〉』相馬正一.津軽書房,1995
- 『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』太宰治.新潮社,1983
- 『太宰治の年譜』山内祥史.大修館書店,2012
- 『太宰治大事典』志村有弘・渡部芳紀.勉誠出版,2005
それぞれの書籍の概要については下記の記事にまとめていますので、ご興味のある方は、併せてご覧ください。
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